第五十八話 守護者の力
広がり続ける緑を前に、セリアは目を見開いたまま固まっていた。
「嘘だろ?」
(わたしの時はもう少しかかった気がする……)
自分が初めて炎を灯したときのことが、否応なく脳裏をよぎる。
《馬鹿な……》
ラグルスの声もまた、珍しく動揺の色が混じっていた。
「何か、変でしたでしょうか?
イメージ通りに木を出すことができたみたいですが……」
レティシエラは、セリアとラグルスの反応に困惑気味に返答する。
「いや、習得が早いなって思ってさ。わたしの時はもうちょっとかかった覚えがあるんだよ。
というか、自分が雑な説明したくせに相棒は何驚いてるんだよ」
セリアは珍しく驚いている様子のラグルスに突っ込む。
《我は習得速度などに驚愕はせぬ》
ラグルスは呆れたように返してから、わずかに関心を滲ませた。
《成る程、守護者の再来と言われるだけある。まさに、そのものだったとはな》
「えっと、ラグルス様。それは……?」
《言葉通りだ。お前には守護者としての力が備わった、ということだ》
「相棒が驚くってことは、結構凄いことなのか?」
セリアがやや困惑した様子で聞き返す。
《当然だ。お前も知っている通り、守護者は各種族に一名のみ。 だがそれは、そう定めていたわけではない》
わずかに間を置いて続ける。
《あくまで偶然。 たまたま各種族の代表者が、その資質を有していたからに過ぎん》
「……なるほどね。じゃあ、レティはウィアード以来の逸材ってわけか」
「わたくしが、ミリラーネ様と同じ、守護者……」
レティシエラは、足元に芽吹いた小さな木々に視線を落とした。
自分が、憧れていた人たちと同じ力を授かった。
その事実はあまりにも大きく、まだ実感としては追いついてこない。
《想定外の成果ではあったが、たとえ資質があろうと力をすぐに使いこなせるわけではない。
よって、レティシエラはこのまま樹木の力の制御並びに、神器の発現を目指す。
セリアは、ミリラーネとの訓練を継続する。実戦も含め、だ》
《以上を今後の方針とする》
「了解。やっぱり実戦が一番だよな」
「承知いたしました」
セリアとレティシエラが、それぞれ頷く。
《訓練は、明朝より開始とする。
幹部の襲来もあり得る。死ぬ気で取り組め》
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就寝前。
セリアはレティシエラの隣室である客間に来ていた。
「それにしても、レティの部屋に生えた木、ちゃんと戻せてよかったな」
《力を多少なりとも扱えるのであれば、解除そのものは難しくない》
ラグルスが、いつもの調子で淡々と答える。
「……そういう返しになるよな、相棒は。
いや、わたしが悪かったよ」
セリアは半ば諦めたように息を吐いた。
《我はただ事実を述べただけだ。……それと、相棒はやめろ》
いつものやり取りに、セリアはほんの少しだけ口元を緩めた。
そして少しの沈黙のあと、ふと真面目な声で問いかける。
「なあ。本当に聖衛隊の襲撃が来ると思うか?」
《襲撃と断定はできん》
ラグルスは静かに答えた。
《だが、交渉、要求、あるいは脅迫――
形はどうあれ、何らかの接触は間違いなくあるだろう》
《その出方次第では、ウィアードが我らをどう捉えているのか、その手がかりも得られるはずだ》
「もし、相棒が迷宮から抜けてきたってバレてたら……本気で攻めてくるかもしれないもんな」
《……どうだろうな》
ラグルスはわずかに言い淀んだ。
《案外、奴は――》
《……いや。今ここで予測を重ねても意味はない》
短くそう告げると、いつもの調子で締めくくった。
《明日は早い。もう寝ろ》
「……わかったよ」
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翌朝。
まだ薄明かりの時間帯。
セリアは訓練に備えて軽く身体をほぐしながら、ラグルスへ問いかけた。
「そういやミリラーネさんには訓練のこと、まだ話してないよな?」
《ミリラーネのことだ。我の考えはある程度予測しているだろう。
案外、向こうから提案してくる可能性もある》
「ふーん、じゃあそこは心配ないってことだな」
――コンコン
不意に、部屋の扉を叩く音が響いた。
続いて、扉越しにレティシエラの声が届く。
「ラグルス様、セリアさん。入ってもよろしいでしょうか?」
「レティか。どうぞ」
セリアが何気なく返事をする。
「おはようございます――って、セリアさん!?」
がちゃり、と扉を開けながら挨拶をしたレティシエラだったが、
次の瞬間、室内の光景を見て思わず声を裏返らせた。
「うわっ!?」
その大声に、今度はセリアの肩が跳ねる。
「なんだよ、急に大きい声出して……」
「セ、セリアさん! その……服! 着ていません!」
レティシエラは再び閉めた扉越しに、叫ぶように指摘した。
「ん? あー……寝る時は、ほら。服って邪魔だろ?」
セリアはさも当然のことのように言ってのけた。
「それは!セリアさんだけです!」
レティシエラが、思わず強い口調で言い返す。
《……慣れというのは恐ろしいものだな。
我も今の今まで、それについては意識の外にあったぞ》
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セリアたちが訓練を始めてから、十四日後。
エルフの里から数百メートルほど手前の森の中。
二つの人影が、木々の隙間から里を囲う岩壁を見上げていた。
「あ、あれが……エルフの里のようです。ご主人様」
怯えた声でそう告げたのは、痩せ細った男だった。
上半身は裸で、首には鉄の首輪。
肌には幾筋もの鞭痕が残り、下半身には銀と白の甲冑をまとっている。
その甲冑に刻まれた紋章は、紛れもなくバランティン聖衛隊のものだった。
「ったく、いつまで時間かけてんだよぉ!このウスノロがぁ!」
苛立たしげに吐き捨てたのは、首輪に繋がる鎖を手にした女。
甲冑は身につけておらず、黒い装束を隙間なく体にまとっている。
黒く長い髪は乱れなく整えられているが、その隙間から見せる眼差しは、酷く冷めたものだった。
「ひ、ひぃぃ!お許しください!ご主人様!」
男が懇願し、靴を舐めようと顔を女の足元に近づける。
しかし、女はその顔を容赦なく蹴り上げる。
「何勝手にご褒美貰おうとしてんだぁ、このゴミぃ!」
吐き捨てると同時に、手にした鞭が唸る。
乾いた音が森の中に響き、男の身体がびくりと跳ねた。
「あ! りがとうっ! ございますっ! ゴミでっ! あっ! すみませんっ!」
男は打たれるたびに声を裏返らせ、半ば錯乱したように謝罪を繰り返す。
「……はぁ~。まあ、いいわ」
女は興が削がれたと言わんばかりに息を吐くと、蹲る男の背にそのまま腰を下ろした。
男は慣れているのか呻きひとつ漏らさない。
「それより、さっさと会いに行きましょ」
鎖の先を軽く引き、女は唇の端を吊り上げる。
「聖衛隊に楯突いたっていう……メスガキちゃんにさ」




