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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第三章 エルフの里編
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第五十七話 レティシエラとフィアス

夕食の時間。

セリアたちはレティシエラの家の一階に降りてきていた。


セリアの目の前には、小皿に美しく盛りつけられた料理と食前酒が並んでいた。

彩りも配置も計算し尽くされていて、陽だまり亭の素朴な定食とはまるで別世界だった。


「ラグルス様、セリア様。こちらは前菜となりますので、お済みになりましたら次の料理をお持ちいたします」


レティシエラの母がやわらかな笑顔で告げる。


「お口に合わないことがあれば、どうか遠慮なくおっしゃってくださいね。すぐに別の料理をお持ちしますので」


「い、いや、苦手なものとかないから大丈夫です」


あまりに行き届いた応対に、セリアは少しだけたじろぎながら答えた。


「あら、そうでしたか。それでしたら安心しました。

味付けのほうでも何かありましたら、いつでもお申し付けくださいね」


「……なぁレティ」


セリアは、目の前の料理からそっと視線を外し、隣のレティシエラへ小声で囁く。


「いつもこんな感じ、ってわけじゃないんだろ?」


「はい。普段コース料理は特別な日にしか用意しておりません」


少し間を置いて続ける。


「ですので、今日は特別な日、ということでしょう」


軽く微笑んでそう答えるレティシエラに、セリアは乾いた笑いを返すしかなかった。


「ははっ……」


(これから毎日、とか言わないよな……?)


________________________________________



夕食後、再びレティシエラの部屋に戻って来たセリアたち。


「いやぁ~、凄く美味しかったな! あのスープ、おばちゃんにも教えてあげたいくらいだ」


セリアは満足そうに腹をさする。


「お口に合ったようで、良かったです」


レティシエラも、どこか嬉しそうに微笑んだ。


《――明日からの方針を決めるぞ》


満ち足りた空気を裂くように、ラグルスが割って入る。


「急だな、相棒。しばらくはエルフの里に留まるんだろ?」


《当面は、そのつもりだ》


ラグルスは、前置きを挟むようにそう答えた。


《だが、エルフの里の場所はすでに人間側に割れているのだろう?》


「そうですね」


その問いに、レティシエラが静かに頷く。


「ここ百年ほどは襲撃もないようですが、それ以前には、ある程度の侵攻を受けていたと聞いております。 ですから、場所そのものは知られているはずです」


《ならば、ウィアードの刺客がこの里へ向かっている可能性は高い》

《リレンヌから脱出した際に、レティシエラを連れているのはウィアードの耳にも入っているだろう。故に、我らを追うならエルフの里は最有力候補となる》


「……だったら、ここに留まったら迷惑にならないか?」


少しの沈黙のあと、セリアが口を開いた。


「わたしたちが原因で襲撃されるっていうなら、留まらずに出ていったほうが――」


《それはいい手とは言えんな》


ラグルスの声が鋭く割り込んだ。


《我らが出ていったとして、奴らにその情報が伝わるか?

それどころか、我らがいない状態で襲撃を許せば、その分被害が大きくなる可能性がある》


「そう、だな……」


ラグルスの指摘に、セリアは小さく頷いた。


《とはいえ、奴にリレンヌの情報が伝わるまである程度の時間はかかるだろう。

追手も正確にここの位置を掴んでいるかは不明だ。今日明日に襲撃があるとは考えにくい》


レティシエラが、静かに頷きながら耳を傾けている。


《よって、それまでの間に戦力の増強を図ることとする》


「具体的にはどうするんだ?」


《まずは、レティシエラにフィアスを授けるところからだ》


「フィアス、ですか!?」


その単語に、レティシエラは思わず大きく反応した。


「フィアスってウィアードの力だろ?そんなのどうやって授けるんだよ」


《フィアスの元となっているのは我の力、つまり神の力だ。

 原理的にはセリア、お前の力でもフィアスを授けることが可能なはずだ》


「なるほどね」


セリアは顎に手を当てすぐに頷いた。


「って言っても、やり方は知らないからさ。そこは相棒、頼む」


《少しは自分で……まあ良い。レティシエラの頭に手を置け》


「了解。じゃあ、始めるぞ」


セリアがそのままレティシエラの頭へ手を伸ばしかけた、その瞬間。


「ま、待って下さい」


レティシエラは、反射的にその手を制した。


「急に、フィアスと言われましても……その、すみません」


声は控えめだったが、指先にはわずかな力がこもっていた。

レティシエラの脳裏には、フィアスを使うリカルドの姿がよぎる。


《……レティシエラ。お前が何を考えているのかは、大方想像がつく。

 だが、先ほどの模擬戦を見て痛感したのだろう。自分と、二人との力の差を》


レティシエラの肩がわずかに強張った。


《ならば問おう。お前が語った『守りたい』という想いは――今の力のままで、本当に叶えられるものなのか?》


「……」


レティシエラは、答えなかった。

けれど、セリアの手を掴んでいた指先の力は、少しずつ弱まっていく。


「……レティ」


その様子を見て、セリアが静かに口を開いた。

頭に手を置こうとしていた腕を、ゆっくりと引っ込める。


「相棒はああ言ってるけどさ。

わたしは、無理にフィアスを貰わなくてもいいんじゃないかって思う」


レティシエラが、わずかに顔を上げる。


「レティの精霊術はすごく応用が利くし、今のままでも十分すごい。実際、わたしは何度も助けられてる」


セリアは、真っ直ぐにレティシエラを見ながら続けた。


「それに、そもそもウィアードと戦うつもりなのは、わたしだしな」


「……セリアさん」


自分は、この程度の迷いで、この人についてきたのか。

少し前まで、あれほど強くなりたいと願っていたはずなのに。


レティシエラは、唇をきゅっと噛みしめる。


「すみませんでした、ラグルス様、セリアさん」


軽く頭を下げたあと、真っ直ぐにセリアを見て続ける。


「わたくしは、もっと、強くなりたい。どうか、フィアスを授けて下さい」


その眼差しに、先ほどまでの迷いはもう残っていなかった。


《……良かろう》


ラグルスが、静かに応じる。


《ではセリア。レティシエラの頭に手を置け。その後、ゆっくりと力を流し込むのだ》


《炎を出すのではない。その一歩手前、力の核だけを意識しろ》


セリアはレティシエラの前に立ち、そっと右手を彼女の頭に載せた。

さらさらとした白金の髪が、指の間を滑る。


「えっと……こんな感じ、か?」


《少し強い。我が補助しよう》


次の瞬間セリアの手を通して、神の力が静かにレティシエラの内へ流れ込んでいく。


《レティシエラ。力が流れ込んでくるのを感じるな》


ラグルスの声が、落ち着いた調子で導く。


《どのような力が宿るかを、我らが操作することはできん。お前自身で、その力の輪郭を掴み、引き出すのだ》


「……はい」


レティシエラはそう答えると、静かに目を閉じた。


呼吸を整え、意識を自分の内側へ沈めていく。


「なあ相棒、相変わらず説明が雑だって。もっと具体的に――」


――ミシッ


足元で、木の板が軋む音がした。


セリアが視線を落とす。


レティシエラの足元。

その周囲の床から、小さな木々が次々と芽吹くように姿を現し始めていた。


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