第五十五話 奥の手
ミリラーネとの模擬戦を終え、セリアたちは再び集会所へ戻ってきていた。
「いやぁ、久々に楽しかったぜ!」
ミリラーネは満足そうな笑みを浮かべて言った。
しかし、次の瞬間には表情を切り替え、セリアへと視線を向ける。
「だが正直、ウィアードに勝つにはまだ力不足だな。
……ラグルス、お前にしちゃあ、読みが甘いんじゃないか?」
「なっ!? わたしはまだ全然本気じゃ――」
「分かってる。分かった上で言ってるんだ」
セリアが食い気味に反論しかけるが、ミリラーネは最後まで言わせずに遮った。
「鍛錬場でも言ったが、お前が力を制限して戦っていたことには気づいている」
「……まあ、言い方が悪かったな。セリア、お前は十分強い。そこは戦った私が良く分かっている」
ミリラーネは椅子に深く腰掛けたまま続ける。
「ただ、お前らは元々、私やスイレンの力を当てにせず、しかもウィアードが力を吸収している前提で戦うつもりだったんだろ?」
「仮に、お前が隠している力を全部込みで考えたとしても――力を吸収したウィアードと一対一でやり合うにはまだ足りないってことだ」
《……ミリラーネ、お前の言い分はもっともだ》
《現状、セリアが単独で我の力を吸収したウィアードを倒すのは至難だろう》
「っ……」
ラグルスからは否定の言葉は返ってこない。
セリアは唇を噛み、拳を強く握りしめた。
爪が掌に食い込み、じわりと痛みが走る。
《……だが、策が無いわけではない。できれば、使わずに済ませたい手ではあるがな》
「なんだ。やっぱり秘策があるのかよ」
ミリラーネが、にやりと口元を吊り上げる。
そのまま身を乗り出し、興味を隠そうともせず問いかけた。
「それで、なんなんだ?」
《単純な話だ。我の魂を燃料とすることで、一時だが力を爆発的に上昇させる術がある》
「なんだ相棒、そんな手があったのかよ!」
思わぬ強化の道筋を示され、セリアの声が弾む。
「ですが、燃料というのは……ラグルス様に何らかの負担がかかるということですよね?」
それまで黙って聞いていたレティシエラが口を開く。
《その通りだ。この術の発動は一度に限られる。発動後は我の魂が燃え尽きるまで止まることはない》
ラグルスは何でもないような調子でいつも通り淡々と述べる。
「それって、相棒が消えるってことかよ!?」
《そうだ》
「却下だろそんなの!」
セリアは即座に叫んだ。
「ウィアードを倒して元の身体に復活するんだろ?
大体、ウィアードは相棒の力を吸収してないんだ。そんな術使う必要なんかないって!」
「ラグルス、その術はどの程度の強化と持続が望める?」
セリアの言葉など聞こえていないかのように、ミリラーネが割って入る。
「ミリラーネさん!だから――」
「セリア。何温いこと言ってんだ?」
ミリラーネの声がぴしゃりと空気を打った。
「使うか使わないかは別の話だ。だが、手札は多いほうがいいに決まってる」
「ウィアードがラグルスの力を吸収していない。だから必要ない――
そんなの、お前だって『今だけ』の話だと分かってるだろ」
「……っ!」
セリアは、返そうとした言葉を喉の奥で詰まらせた。
感情が否定しているだけで、理屈では分かっている。セリアは唇を引き結び視線を落とした。
《……時間にして、十分程度。
強化の幅は、おそらく三倍以上。 無論、我の力がさらに戻れば、それ以上も望めるだろう》
ラグルスがミリラーネの問いに淡々と答える。
「ふぅん……」
ミリラーネは腕を組み、冷静に思案するように目を細めた。
「それなら、十分使えるな。奴を潰せる確率は一気に上がる」
短い沈黙。
「……まあ、現状では最後の切り札ってところでいいだろうな」
重くなった空気を切り替えるように、ミリラーネがあえて軽い調子で口を開く。
「発動に何か事前準備はいるのか?」
《そこは問題ない。セリアが望めば、即座に発動可能だ》
「なら、実際にウィアードと戦ってみてから判断しても問題ない、ってことだな」
ミリラーネは、そこでセリアへ視線を向けた。
「ただ、いざって時に日和るなよ。
使う使わないはともかく、その覚悟くらいは今のうちに決めておけ」
釘を刺すようなその言葉に、セリアはしばらく黙っていた。
やがて、わずかに視線を上げる。
「……ああ。分かってるよ」
声は平静を装っていたが、それ以上は何も言えなかった。
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ミリラーネと別れたあと、セリアたちはレティシエラの家へ向かって歩いていた。
木々の間を抜ける風は穏やかで、里の空気はさっきまでの鍛錬場とはまるで違う。
だが、セリアの足取りはどこか重い。
「はぁ~……。相棒もなんでそんな術があるって黙ってたんだよ」
歩きながら、セリアがぼやくように言う。
《元々、お前の力を炎としたのは、この術の使用を想定していたためだ》
《術についても、いずれ説明するつもりではあった。
だが……お前のことだ。知れば余計なことを考え、精神に無駄な負荷を抱える可能性があった》
「……余計なことって、なんだよ」
セリアが小さく呟く。
ラグルスは少し間を置いてさらに続けた。
《現状、あの術を使わずとも勝算はある。
ゆえに、状況次第では説明そのものを省くことも考慮していた》
「そうかよ」
セリアは、どこか煮え切らない顔のまま息を吐く。
「……あちらが、わたくしの家になります」
空気の悪さを感じ取ってなのか、レティシエラが控えめに口を挟む。
レティシエラが示した先には、ユグドラシルほどではないにせよ十分に大きな巨木があり、
その太い枝の根元に寄り添うように、二階建ての木造の住居が据えられている。
「悪いな、レティ。家に上がらせてもらうことになって」
エルフの里に滞在しているあいだ、セリアはレティシエラの家に世話になることになっていた。
「いえ。本来であれば、神であるラグルス様やセリアさんには、わたくしの家などではなく、もっと相応しい待遇を用意すべきところなのですが……」
「そんな大層な扱いされたら、逆に落ち着かないって」
セリアは苦笑いして答える。
「まあ、わたしのほうからレティの家がいいって頼んだんだから、そこは我儘なんだけどさ」
「わたくしとしては、もちろん大歓迎です。ラグルス様も問題ありませんでしょうか?」
《我は魂のみだ。場所など、野宿であろうと構わん》
「おいっ! 野宿するのはわたしなんだから、勝手なこと言うなよ!」
セリアが即座に噛みつく。
そのやり取りに、レティシエラの口元がわずかに綻んだ。
重くなりかけていた空気は、いつの間にか少しだけ和らいでいた。
会話を交わすうちにセリアもまた、いつもの調子を取り戻しつつあった。




