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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第三章 エルフの里編
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第五十四話 纏の力

「あれが……神器のまとい

 ラグルス様、纏とは神器の強化形態、と考えてよろしいのでしょうか」


レティシエラは、ミリラーネの纏を見つめながら、隣に浮かぶ拳大の光――ラグルスへ問いかけた。


無論、レティシエラとしては最初にラグルスが魂のみの姿でやってきた時は、驚きを隠せなかった。

だが、ラグルスが「可能だ」と言うのなら、そういうものなのだろうと受け入れた。

今はむしろ、この戦闘を解説してくれていることに感謝している。


《概ね正しい。だが、その理解では不十分だ》


淡く揺らめく光の中から、ラグルスの声が響く。


《纏は、単なる神器の強化形態ではない。それはあくまで副次的な効果に過ぎぬ》

《最も特筆すべき点は、使用者に宿る力の潜在能力を引き出すことにある。

 セリアで言えば炎。ミリラーネで言えば岩。それらの力を一段階上の領域へ押し上げる。それが纏だ》


「……つまり、今のミリラーネ様は、先程まで以上に強力な岩の攻撃が可能ということですね」


《その通りだ。だが、単純に威力が上がるという話ではない》


ラグルスは静かに続ける。


《自らの力に対する解釈が広がる。そして、その解釈を現実に落とし込むだけの出力を得るのだ》

《セリアが炎を鎖へと変質させたように、ミリラーネもまた岩を『ただの岩』として扱う段階には留まらぬだろう》


「……そうなのですね。それであれば、纏の使用有無で戦闘能力に大きな差が生まれるということですね」


《神の間では、纏使用時の戦闘能力は、それ以前の三倍から五倍に達すると言われている》


淡い光がわずかに揺らぐ。


《よほど絶対的な差がない限り、纏を用いた者に、用いていない者は勝てぬ。それが常識だ》


「それでは、セリアさんも――」


言い終える前に。


セリアの神器から強い気配が立ち上った。


________________________________________



少し時間は巻き戻る。

ミリラーネが纏を行った直後――。


(纏……! ここまで姿が変わるのか!? いや、それよりも……)


セリアは、ミリラーネと自らの纏との違いに一瞬目を奪われる。

だが、それ以上に重大な変化を感じ取っていた。


纏う前と後での、圧倒的な重圧の差。

強さの格が、明らかに一段引き上げられている。


これまで数多の戦場を潜り抜けてきたセリアは、相手の力量を大まかに測る感覚を身につけている。

その感覚が告げていた。


目の前のミリラーネは――少なくとも先程の二倍か、それ以上。


(他の纏を見るのは初めてだけど……ここまでか)


空気が、重い。


一歩踏み込むだけで、足元の地面が軋みそうな圧。


「どうした?」


不意に、ミリラーネが声をかける。


「まさか……そのままで続けようなんて言わないだろうな?」


焦れたような、しかしどこか楽しげな声音。


「まさか!」


その言葉とともに、クライゲラクを握る手に力を込める。

剣槍に纏わりついていた炎が、ふっと揺らぎを止める。


セリアの神器が纏へと移行する。


「……待たせたね」


「いいねぇ……。他人の纏を見るのは、いつぶりだろうなぁ」


ミリラーネは目を細め、嬉しそうにセリアの神器を見つめる。


「始めようか」


その言葉と同時に、空中へと無数の巨大な岩が出現した。

直径二、三メートルはあろう岩塊が幾重にも重なり、視界を覆い尽くす勢いでセリアへと殺到する。


だが、セリアの表情は変わらない。最小限の動きで剣槍を振るう。

赤く輝く刃が一閃するたび、岩は抵抗なく焼き断たれていく。


「今更、普通の岩じゃ――」


言いかけた、その瞬間。


「レインフォース――バイン


ミリラーネの声が響く。


砕けた岩の隙間。

その奥から、凄まじい速度でミリラーネが迫っていた。


「っ!!」


セリアは一瞬だけ目を見開く。だが、反射的に剣槍を振り抜いた。

赤く輝く刃が、ミリラーネの籠手へと叩き込まれる。


次の瞬間。


――ジュゥッ


ミリラーネの神器の籠手が、ほとんど抵抗もなく焼き崩れた。


「!?」


あまりにも軽い手応えに、思考がほんの一瞬止まる。


――ドゴォォッ!!


轟音。


セリアの脇腹に、横殴りの衝撃が叩き込まれた。


「がはっ……!!」


視界が揺れる。身体が宙を舞い、十数メートル先まで吹き飛ばされる。

だが、着地と同時に受け身を取り、即座に剣槍を構える。


(ミリラーネさんとは、別方向から!! それより――神器が、あんな簡単に砕けるか!?)


理解が追いつく前に、再び視界を覆い尽くす岩の流星群。


「ちっ!」


大きく横へ跳躍して回避する。

だが、視界の端にミリラーネが映る。

セリアは即座にミリラーネに対して巨大な火球を放つ。


直撃したはず。しかし、背中に再び衝撃。


「ぐっ……!」


身体を捻り、致命打は避ける。だが、焼けるような痛みが走る。


浅くはない傷がセリアに蓄積していく。

それでも、セリアはすでに術の種を掴みつつあった。


「なるほどね……。さしずめ、岩の分身ってとこかな」


「はははっ! 今ので気づくか!」


ミリラーネは笑いながら、足元の地面に手を触れる。


次の瞬間彼女の姿が、いくつも生まれた。

色も質感も寸分違わぬ分身。見た目では、本物との区別はつかない。


「凄いな……岩でそこまで出来るのか!」


「ははは! 凄いだろう? だが、分かったところで対処できるかな?」


そう言ってミリラーネは地面に拳を叩きつける。

ゴゴゴッ、と唸りを上げて巨大な岩壁がせり上がった。


その直後。

岩壁の左右、そして上空から、幾人ものミリラーネが一斉に飛び出してくる。


その様子を見たセリアは地面を踏み締めた。


「はあああ!!」


次の瞬間、彼女を中心に爆ぜるような炎が広がる。

燃え盛る紅蓮が、迫り来る分身たちをまとめて呑み込む。


分身は次々に焼け崩れ、崩落していく。


「くっ……!」


そして、その炎の中。

ミリラーネ本体もまた、焦げながら距離を取っていた。


「随分、不格好なやり方だな……!」


炎の揺らめきの向こうで、ミリラーネが歯を見せる。


「まだ中火くらいさ」


セリアは、ニヤリと笑い返した。


「今度はこっちから行くぞ!」


セリアは空中に十本の炎の剣――火磨鼬カマイタチが出現させ、一斉にミリラーネへと射出する。


――ガンッ


飛来する炎の刃を前に、ミリラーネは両拳を打ち合わせる。


すると、籠手の周囲を漂っていた小岩たちが一斉に高速回転を始めた。


回転は瞬く間に加速し、岩の輪郭が視認できないほどの速度に達する。

まるで、見えない円盤の刃。


ミリラーネは、迫る炎の剣に向かってその回転域へと拳を滑らせる。


剣と籠手の岩が触れた瞬間。

炎の刃の一部が、一瞬で削り取られた。


その後も、襲いかかる火磨鼬を、虫でも払うかのように籠手で削り落としていく。

炎と岩が擦れ合い、甲高い摩擦音が鍛錬場に響いた。


一分もしないうちに、十本の火磨鼬はすべて削り取られ、霧散する。


「『削公転クライン・ウムラウフ』。私の奥の手の一つだ」


(凄い威力……! あれを突破するには、もっと火力を上げて――)


セリアが思考を巡らせた、そのとき。


ミリラーネの籠手を巡っていた小岩の回転が、ふっと止まる。


「?」


「ここらが潮時だろうな」


呆気に取られるセリアをよそに、ミリラーネは頭を掻きながら呟いた。


「はあ!? こんな良いところで!?

奥の手まで使って……ミリラーネさんもノッてきてただろ?」


「私だって、このまま続けたいのはやまやまだがな。

 これ以上は鍛錬場が持たん。それに――どのみち止めが入るだろうよ」


そう言って、ミリラーネは右手の親指でラグルスの方向を示す。


「……はぁ~。仕方ない、か。

 でも久々に楽しめたよ。ありがとうございました」


そう言って、セリアは軽く頭を下げた。


「こちらこそだ。次は出し惜しみせず、全部見せてくれよ?」


ミリラーネが、ニヤリと笑う。


「はは」


(……流石にバレてるか)


セリアは罰が悪そうに、苦笑を浮かべた。

________________________________________


《……ミリラーネめ。少しは成長したようだな》


淡く揺らめく光の中で、ラグルスが低く呟く。


本来ならば、ミリラーネが奥の手を使った時点で、加減を忘れて全力に移行すると判断し、模擬戦を止めるつもりだった。

だが意外にも、冷静に状況を見極め自ら退いた。

二千年近い時の流れは、伊達ではなかったらしい。



「……わたくしも」


隣で模擬戦を見つめていたレティシエラが、視線を逸らさぬまま呟く。


「強く……なれるでしょうか?」


その声は、小さい。だが、確かな重みがあった。

この模擬戦を目の当たりにし、痛感していた。


――次元が違う


分かっていたはずだ。

それでも、こうして目にすると否応なく思い知らされる。

このままセリアについて行くだけでは、足手まといになる。


もっと強くなりたい。

その切実な願いが、無意識のうちにラグルスへの問いとなって零れ落ちた。



《……なってもらう。お前が嫌でもな》


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