第五十二話 鍛錬場
「ここが鍛錬場だ」
ミリラーネの先導でセリアたちは集会所の裏手へ回り、鍛錬場の入口へと辿り着いた。
そこは、四、五メートルはあろうかという岩壁に囲まれた空間だった。
外から中の様子は一切うかがえず、一箇所だけ岩を切り取った入口がぽっかりと口を開けている。
「……すごいな」
セリアは思わず、岩壁を見上げる。
「城壁もそうだけどさ。こんな岩壁、この森の中でどうやって用意したんだ?」
セリアは素朴な疑問を口にする。
森の奥深くで、これほど整った岩壁を築けるとは思えなかったのだ。
「まあ、それは――そのうち教えてやる」
ミリラーネは、口元をわずかに吊り上げて答えた。
それ以上は語らない、という態度がありありと伝わってくる。
「とにかく、中に入るぞ」
促され、セリアたちは鍛錬場の中へ足を踏み入れた。
そこは森を大きく切り開いた円形の広場となっており、入口以外の外周すべてを巨大な岩壁が囲っている。
直径は百メートルを優に超えていそうで、その中では十数人のエルフたちが真剣な表情で戦闘訓練を行っていた。
「おお! 想像以上だな……」
思わず声が漏れる。
「凄いだろ?」
ミリラーネはどこか誇らしげに笑った。
「ここを作るのはなかなか骨が折れてな。
少しは驚いてもらえたなら、苦労した甲斐があるってもんだ」
そう言うと、鍛錬場にいるエルフたちへ声を張り上げる。
「皆! 訓練中のところ悪いが、少しの間ここを使わせてもらう!
全員、退去してくれ!」
「ミリラーネ様!」
訓練をしていたエルフの青年が、戸惑いを隠せない様子で声を上げた。
「ですが、まだ半分ほど使っていない空間がありますが……」
実際、鍛錬場は広大で、訓練に使われているのはその半分ほどだった。
全員を退去させる必要があるとは、誰もが思っていなかったのだろう。
「いいや、全員だ」
ミリラーネは、即座に言い切った。
「私が戦う。……ま、隅で見学する分には構わんがな」
その一言で、空気が変わった。
鍛錬場にいたエルフたちは何も言わずに互いに視線を交わし、すぐさま訓練を中断して場の隅へと移動していく。
(……なるほどな)
その様子を見て、セリアは思わず口元を緩めた。
迷宮を出てからというもの、「戦い」と呼べる相手とは向き合えていない。
目の前にいるミリラーネは、間違いなく強者だ。
その確信が、胸の奥で静かに熱を帯びていく。
《この模擬戦、不知火および火之迦具土の使用を禁ずる》
ラグルスの声が水を差すように響いた。
「はあ!?」
思わず声が裏返る。
「ど、どうかしましたか!?」
突然のセリアの反応に、隣にいたレティシエラが驚いて声をかける。
「い、いや。なんでもない」
セリアは慌てて首を振った。
誤魔化す必要はないが、リレンヌにいた頃の癖が思わず顔を出していた。
「火之迦具土は分かるけどさ……。不知火は必要だろ」
セリアは、レティシエラに聞こえないよう声を落とす。
《お前も分かっているはずだ。ミリラーネはウィアードに敗れている。それも、三人がかりでだ》
「……」
セリアは無言になる。
《その相手に、全力を出さねばならぬようでは話にならん》
「……それは、分かってるさ」
《とはいえ楽に勝てるなどと思うな。我の記憶にあるミリラーネは、十分強者であった。
それにだ。我が封印されている間、あやつが遊んでいたとは思えん》
《修行期間で言えば、お前の十倍以上の可能性がある。
今のミリラーネがどこまでに至っているか……我にも想像がつかん》
「……やってやるさ。不知火抜きで、勝って見せる」
ラグルスの言葉を受け、セリアは力を制限したまま戦うことを決意する。
その覚悟を、横目で見て取ったミリラーネが声をかけた。
「……相談事は終わりか?それなら、さっさと始めようぜ」
そう言うと、ミリラーネは鍛錬場の中央へと歩み出る。
「セリアさん、無理はなさらないで下さい」
レティシエラが声をかける。
「あ~、ちょっと約束できないかもな」
セリアは苦笑いしながら答える。
過去の経験から、どうしてもノッてくると自制がきかもしれないと考えたのである。
「戦うからには勝たせてもらうさ」
レティシエラの複雑な心境をなんとなく察しながらそう言い残し、返事を待たずセリアはミリラーネの向かい側へと歩いていく。
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《セリア。我はこの模擬戦の間、お前から分離することとする》
不意にラグルスの言葉が響く。
「……は?」
セリアは足を止め、思わず間の抜けた声が漏れる。
《我の力も多少回復してきた故、短時間であればお前から分離することも可能だ。
無論、負荷が大きいため多用はできんがな》
「そうなのか。って、そうじゃなくて、なんでわざわざ分離すんだよ!?」
《理由は二つ。一つは我が客観的にこの戦闘を見ておきたい。
もう一つは、我はミリラーネの手の内を度知っている故、咄嗟に余計な口出しをする可能性がある》
《……つまりお前一人の力で戦うべきと判断した》
セリアは一瞬だけ視線を伏せ、そして小さく笑う。
「ははっ、相棒も世話焼きが癖になってるってわけか」
《……相棒はやめろ》
次の瞬間セリアの胸元から、淡い光が静かに浮かび上がる。
それは拳ほどの光の塊となり、ゆっくりと身体から離れていく。
セリアは胸の奥が、ふっと軽くなるのを感じる。同時に、何かが抜け落ちたような感覚。
光はふわりと宙へ浮き、レティシエラの方へと移動していく。
セリアはその背を一瞬だけ目で追った。
胸の中に、ぽっかりと穴が開いたような感覚が残る。
だが、直ぐに前を向く。
「ま、やることは変わらない」
そう呟き、改めてミリラーネの元へ歩みを進めた。
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セリアとミリラーネは十数メートルほどの距離をとり向かい合う。
「ふふふ……」
ミリラーネは、心底楽しそうに笑った。
「暫く、戦いらしい戦いはしてなくてな。正直……ここ数十年で一番、興奮してる」
「わたしもだよ」
セリアも口の端を吊り上げる。
「こんなにワクワクするのは、久しぶりだ」
《先程も言ったが、程度は弁えろ。我が止めたらそこで終了だ》
離れた位置からラグルスの声が響いてくる。
「わかってる、わかってる。私も長年、里長をやってる身だ。ただ――」
一拍置き、獣のような笑みを浮かべた。
「ギリギリまでは、やらせてもらうぞ」
その言葉と同時に、ミリラーネは地面に右手を突き立てる。
ずるり、と何かを引き抜く音が響いた。
姿を現したのは、銀色の鎖。
その先には、直径一メートルはあろう巨大な鉄球が繋がっている。
それは、ミリラーネの神器である。
(印象通りだな……!!)
セリアは自然と笑みを浮かべながら、右手にクライゲラクを出現させた。
炎の気配が、静かに立ち上る。




