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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第三章 エルフの里編
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第四十七話 精霊術

整備もろくにされていない、鬱蒼とした森のけもの道。


朝とはいえ、背の高い木々の葉が空を覆い地表まで届く光は乏しい。湿った土の匂いと、踏み固められていない落ち葉の感触が延々と続いている。


リレンヌを出発して三日目。

セリアたちは、ほとんど休憩らしい休憩も取らずに歩き続けていた。


「レティ、そろそろ休憩するか?」


セリアが、何気ない調子で声をかける。


「いえ、まだ……わたくしは大丈夫です」


そう答えるレティシエラの呼吸は、確かに少し荒れている。

だが、足取りは乱れていない。険しい地形にもかかわらず、セリアの背中を見失うことなく、一定の距離を保って歩き続けている。


「そうは言っても、もう三日は歩きっぱなしだぞ?」


セリアは半ば感心したように言い、胸の奥へ意識を向ける。


「なあ相棒。エルフって、皆こんなに体力あるもんなのか?」


《正直、我も予想外だ》


ラグルスの声には、珍しく率直な評価が滲んでいた。


《ここまで飲まず食わずで悪路を歩き続けるとなれば、エルフはもちろん訓練された獣人であっても厳しいだろう》


「ラグルス様に褒めていただいているところ恐縮ですが」


レティシエラは、少しだけ困ったように微笑む。


「わたくしは……ずるをしておりますから」


「ずる?」


思わず聞き返すセリアに、レティシエラは正直に答えた。


「はい。微力ではありますが、精霊術で身体能力の補助、疲労の軽減、最低限の栄養供給を行っています。

ですから……なんとか、セリアさんについて来られているだけです」


「なんだ。それも含めて、レティの実力だろ?」


《その通りだ》


ラグルスが即座に肯定する。


《エルフの真骨頂は精霊術にある。

これほど複数の精霊術を同時に、しかも無理なく維持するとは――やはり我の見立てに狂いはなかったようだ》


「お二人に、そう言っていただけるとは……ありがとうございます」


レティシエラの表情が、わずかにほどけた。

長い行軍の疲労は確かにある。だが、それ以上に、自分の力が役に立っているという実感が心を静かに支えていた。


「それはそうとして、やっぱり、そろそろ休もう。ここまで休まずに来たんだ。追手の心配もそこまで要らないだろ」


《それがよい。だが、ここは休むには適さぬ。視界が悪く気配も読みづらい。

もう少し開けた場所まで進むぞ》


「それなら、わたしの金火猫キンカビョウの出番だな!」


そう言って、セリアは左手に炎を灯そうとする。


《待て》


ラグルスが制する。


《それよりも、レティシエラ。お前の精霊術のほうが適している。探索精度は精霊術のほうが上だ》

《金火猫では、仮に追手がいた場合余計な視認を招く可能性がある》


「……あー、なるほどな」


セリアは顎に手を当て、すぐに納得したように頷く。


「確かにそうか。レティ、疲れてるところ悪いけど……頼めるか?」


「もちろんです。お任せください」


レティシエラは迷いなく答えると、そっと目を閉じた。

両手を胸の前でわずかに開き、呼吸を整える。


「――エクスプローラ」


囁くような詠唱と同時に、彼女の足元から淡い光が滲み出す。

風がそよぎ、周囲の木々が一斉に葉を擦らせた。

森の奥へ、見えない波紋が走っていく。


枝葉の小さな揺れから微かな生き物の気配まで。

精霊たちが拾い上げた情報が、静かに彼女の意識へと流れ込んでいった。


やがて一分ほど経った頃。

光はゆっくりと薄れ、森は再び元の静けさを取り戻した。


レティシエラは目を開き、進行方向へ視線を向ける。


「南東に三百メートルほど先、開けた場所があります」


少し間を置いて、付け加えるように言った。


「近くに目立った魔物や追手の気配はありません。そこで休憩いたしましょう」


「凄いなレティ!わたしだったらもう少し時間がかかるよ」


素直な感心をそのまま口にして、セリアは軽く笑った。


「ありがとうございます」


短く礼を返すレティシエラの声は穏やかだったが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。


《会話は後にしろ。移動するぞ》


「分かってるって。せっかちだな」


文句を言いながらも、足取りは迷いがない。

セリアはレティシエラの示した方向へ向かって、再び森の中を進み始めた。

________________________________________


数分後。


木々の密度がわずかに緩み、視界が開ける。

辿り着いたのは、直径四、五メートルほどの小さな空間だった。


周囲を囲む木々の葉は薄く、枝の隙間から柔らかな陽の光が差し込んでいる。

地面には苔と落ち葉が混じり、湿った土の匂いが漂っていた。


「レティ。そこの岩、座れそうだから使ってくれ」


指差した先には、腰を下ろすのにちょうどいい高さの岩があった。


「わたしは立ったままでも全然平気だからさ」


「はい。ありがとうございます」


レティシエラはそう答え、岩に腰を下ろす。

張りつめていた身体が、ようやく力を抜いたのが見て取れた。


「それにしても……精霊術ってすごいな」


セリアは木にもたれかかりながら、率直な感想を口にする。


「傷を癒したり、身体能力を強化したり、探索までできるなんてさ」


「そうですね」


レティシエラは膝の上で手を合わせ、少し考えるようにしてから続けた。


「精霊たちは一体一体の力は弱いですが……世界中の至るところに存在しています。

それぞれ得意なことが違いますので、その力を引き出してあげれば、できることの幅は広いと思います」


そして、わずかに視線を落とし続ける。


「ただ……直接的な攻撃は、ほとんどできませんが」


《だが、非常に有用な力だ。セリアは戦闘に特化した力を持つ。

 だからこそ、セリアにできない部分を補える存在は貴重だろう》


ラグルスが淡々と補足した、その直後だった。


――ぐうぅぅ


場違いな音が、小さく森の空気を揺らした。


「……っ!」


レティシエラは一瞬、固まる。

次の瞬間、長い耳の先まで赤く染め、慌てて腹部を押さえた。


「す、すみません! わ、わたくし、その……!」


声が裏返り、視線が定まらない。


「あ、あ~……」


セリアは一瞬遅れて状況を理解し、気まずそうに頬をかいた。


「そうだよな。ずっと、なにも食べてないもんな。

 わたしは、あんまり食事いらない身体でさ。つい忘れてた」


「す、すみません……」


レティシエラは顔を手で覆い、指の隙間からかすかに声を漏らす。


《……我らには、手持ちの食料はない。

 食事をするなら、この辺りの魔物を狩る必要があるだろう》


「狩りか……!」


セリアの表情が、戦闘の話題になった途端わずかに明るくなる。


「なんか久しぶりだな。わたしはそんなに疲れてないから、任せてくれ」


「すみません……。わたくしのために……」


レティシエラは一瞬ためらい、それでもすぐに気を取り直す。


「せめて、魔物の位置は特定いたします」


そう言って、先ほどと同じように目を閉じる。

指先を軽く広げ、呼吸を整えると、周囲の精霊へと意識を伸ばした。


「……」


数拍の沈黙のあと、レティシエラが静かに目を開く。


「一番近いところに鹿型の魔物が一体。

方角はあちら、距離は……四十七メートルほどです」


セリアは返事をするより早く、地面を蹴った。レティシエラが止める間もない。

森の中を一直線に突き抜け、枝葉を弾き、影のように駆ける。


数秒もしないうちに、標的を視界に捉えた。

鹿型の魔物がこちらに気づき、逃げようと跳ねる――その刹那。


セリアの手に、剣槍が現れる。


一閃。


音すら立てる暇もなく、首は落ちていた。


――そして。


「戻ったぞ」


一分も経たぬうちに、セリアは鹿の魔物を担いで戻ってきた。


「魔物の位置、ばっちりだったよレティ。流石だな!」


「え……?」


レティシエラは目を瞬かせ、思わず立ち上がる。


「も、もう戻られたのですか……?」


「ああ。別に強い相手でもなかったしさ」


セリアは少しはにかみながら続ける。


「それに……わたしもちょっとは良いとこ見せないとって」


《あの地獄の迷宮で、百年間我が鍛えたのだ。これくらいできなければ困るというものだ》


「おい!せっかく頑張ったのに相棒の手柄みたいに言うなよ」


「ふふっ」


レティシエラの口から思わず笑いが零れる。


「あ……すみません。

 その……お二人のやり取りが、少し微笑ましくて」


《別段仲良くしているつもりはない》


ラグルスが口早に否定する。


「あ!そうやっていっつも照れ隠しするんだもんな~」


《いいからお前は早く魔物を解体しろ》


「はいはい」


セリアはぶつぶつと文句を言いながらも、鹿の魔物の前にしゃがみ込んだ。


刃を入れる動きに迷いはない。

血抜き、解体と、手順は流れるようで、長年の経験がそのまま手つきに現れていた。

________________________________________


少しして、解体を終えたセリアが掌に炎を灯す。


「レティ、ちょっと待ってろ。肉焼きに関してはわたしの右に出るものはいない!」


《こればかりは期待して良いぞ。こいつの真骨頂は肉焼きだからな》


笑みを浮かべながら自信満々に言い切るセリアに、ラグルスが口を挟む。


「なんかちょっと馬鹿にしてないか?」


「あの」


セリアとラグルスのやり取りの中、レティシエラが控えめに声を上げ、右手を少し持ち上げた。


「お肉を焼く前に、少しお手伝いしてもよろしいでしょうか」


「ん?なんだ?味付けでもしてくれるのか?」


調味料がないことを承知のうえで、セリアは冗談めかして言う。


「はい。精霊術で、森のハーブや塩分を含む植物のエキスを集めます。

 ほんの少しですが……」


「……おいおい。精霊術って、ほんと何でもありだな」


セリアは思わず苦笑した。


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