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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第二章 リレンヌ篇
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第四十六話 脱出


「追手は来てないな。よし、このまま城壁を飛び越える!」


門のすぐ脇、城壁へ向けてセリアが跳躍する。


――その瞬間


ゴゴゴッ、と石が擦れ合う低い音が走り、目の前の壁が伸びた。

さっきまで五メートルほどだったはずの城壁が、セリアが届く前に、みるみる十メートルを超える高さへと増築されていく。


「――っ!? くそっ!」


空中で身を捻り、セリアは石壁に足を当てた。激突を避けるための苦し紛れの一蹴り。

反動で弾かれるように軌道を変え、セリアは城門から十数メートル離れた地面へ着地した。


「レティシエラ、大丈夫か!?」


抱えられていたレティシエラが息を呑み、すぐに首を振る。


「は、はい。わたくしは問題ありません」


《……これは、フィアスによるものだな。奴らの仕業だろう》


ラグルスが冷静に状況を分析する。


「奴ら……?」


セリアが視線を前へ戻す。

門の前には、門番の兵が十人ほど。槍と剣を構え、露骨に通行を塞いでいた。


そして、その列の中に見覚えのある顔があった。


レインズと一緒に、最初にこの街へ入れてくれた中年の門番。

セリアはレティシエラを背に庇う位置へ下ろし、前へ出た。


「レティシエラ。下がっててくれ」


「わかりました……」


セリアの声色が普段と少し違うことを察し、レティシエラはすぐに距離を取った。


中年の門番が一歩前に出る。その目には、迷いも情けもない。


「あの時、お前をこの街に入れるべきじゃなかったな」


低く冷えた声が、セリアへ向けて投げつけられた。


「さっきの壁……あんたの仕業か?」


「そうだ。だが俺一人じゃない」


男は顎をわずかに振り、背後の門番たちを示す。


「門番には、石のフィアス使いが多い。数人がかりなら城壁は動かせる。

……魔物への備え、そして――お前のような賊を逃さないためにな」


その言葉に、セリアは一瞬だけ目を細めた。

怒りではない。どこか、苦い諦めに近い表情だった。


「……あんたには世話になった。だから、できれば傷つけたくない」


返事はない。

代わりに、槍と剣が揃って持ち上がる。刃先が、迷いなくセリアたちを指した。


「……そうか」


セリアは寂しげに小さく呟くと、右手の掌をゆっくり頭上へ掲げた。


次の瞬間、空気がきしむ。


ぎゅ、と何かが圧縮されるような感覚が走り、掌の上に赤橙の光が灯った。

炎は渦を巻き、瞬く間に膨れ上がる。熱が肌を刺し、門前の空気が陽炎のように歪んだ。

セリアの体よりも大きい火球が、掌の上で静かに唸っていた。


「今から、この火球で門を焼く。巻き込まれたら……骨も残らない」


声は落ち着いている。脅しのために大声を出す必要すらない。


「……できれば、どいてくれると助かる」


門前の空気が、ひきつった。

門番たちの喉が、ごくりと鳴る。どこか本能的に感じとる。この女が言っているのは本当のことだと。

セリアの右手が、ほんのわずか前へ動いた、その瞬間。


「ひ、ひぃっ……!」


誰かが悲鳴を漏らし、武器を取り落とす。金属音が石畳に跳ねた。

それを合図にしたように、数人が半歩、二歩と後退し、やがて門の前に道が生まれる。


門番たちは誰も言葉を発さない。

ただ、刃が下がり、視線だけが火球に縫い止められたまま動けずにいた。


「……ありがとう」


セリアはそうとだけ呟くと、右腕をわずかに振った。

火球が、まっすぐ城門へ飛んでいく。


次の瞬間、


――ゴォォォン!


凄まじい轟音と熱が、門前の空気を叩き潰した。

厚い木と金具で固められた城門が、火の塊を受けて炭と化し、形を保てないまま崩れていく。

金属が溶けて滴り、門の内側へ熱い雨が落ちる。


焼け落ちた門は、もはや役目を果たさない。


セリアとレティシエラは、戦意を失った門番たちの間を抜け、街の外へ歩き出す。


あの中年の門番の前を通る時、その男は歯を食いしばるように吐き捨てた。


「……お前には必ず、ウィアード様の罰が下るだろう」


セリアは足を止めない。

振り返りもしない。

ただ無言のまま、焼け爛れた門の残骸を越えて街の外へ出ていった。

________________________________________


街を出て、しばらく進んだところでセリアは胸を撫で下ろす。


「なんとかなったな」


《油断するな。せめて街が見えなくなるまでは気を緩めるな》


ラグルスの声は、相変わらず容赦がない。


「わかったよ」


セリアは短く返し、隣のレティシエラへ視線を向けた。


「レティ。少し急ぐぞ」


「……レ、ティ?」


レティシエラがきょとんと目を瞬かせる。


「あぁ、いや」


セリアは少しだけ気まずそうに鼻をかく。


「これから一緒に旅するんだろ? レティシエラって、ちょっと長いからさ。……嫌だった?」


「レティ……レティ……」


レティシエラは小さく、確かめるように呟く。

唇の端が、ゆっくり持ち上がった。


「いえ。気に入りました」


そして、まっすぐセリアを見て笑う。


「ぜひ、そう呼んでください」


「よし。じゃあ改めて――よろしくな、レティ」


セリアが軽く笑って言う。


「こちらこそ、よろしくお願いします。セリアさん。ラグルス様」


レティシエラは背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。


《うむ》


セリアたちは再び歩き出す。

土の道を踏む音が、乾いた風の中に淡く混じっていく。


しばらく進んだところで、セリアはふと足を緩めた。


肩越しに、背後を振り返る。

遠くのリレンヌの城壁が、小さく視界の端に収まっている。


セリアは名残惜しそうに目を細める。

ほんの短い間だったのに、妙にあたたかく残っている陽だまり亭での日々。


「……」


言葉に発さずにすぐに顔を戻し、前を向く。

歩みは止めず、ただ少しだけ足を速めた。

________________________________________


セリアたちがリレンヌを発ってから数日後。


王都アナンドール。


大理石の回廊はひどく静かで、足音だけが規則正しく反響していた。

高い天井に壁に刻まれた紋章。すべてが王都の中心を誇示している。


奥の広間。

ひときわ大きな椅子、玉座にひとりの男が腰掛けていた。

黒髪を後ろへ流し、彫刻のように整った顔立ち。年若い見た目だが、瞳の奥は妙に古びている。


その数歩手前で、三十代半ばほどの紺色の長髪を一本に束ねた長身の男が書類を掲げた。

声も表情も余計な熱を持たない。


「陛下。リレンヌにて、劣等種らの暴動があったとの報告が届いております」


「……ハルザー」


玉座に座る男、ウィアードは視線も上げず、退屈そうに言った。


「その程度の報告、僕にする必要はない。お前で勝手に処理しておけ」


ハルザーと呼ばれた男は一度だけ呼吸を置く。

いつも通り淡々としているが、言葉を続ける前にわずかに喉が動いた。


「陛下。どうやらただの暴動ではないようです」


ウィアードの指先が、一瞬だけ肘掛けの上で小さく止まる。

それでも顔は上げない。無言で次を促す。


「リレンヌに滞在していた聖衛隊三名が殉職。

報告では、相手は一人――『人間の女』とあります」


その言葉で、ウィアードはようやく視線を上げ、ハルザーへ顔を向けた。


「一人……人間……?」


低く呟き、ほんのわずかに眉を寄せる。


「……ミリラーネやスイレンではないのか」


「はい」


ハルザーは即答した。


「報告書には、彼らの存在は記載されておりません。現状では、その人間の女が劣等種を庇い、聖衛隊と衝突したものと推測されます」


ウィアードは口元に指を当て、しばし考える素振りを見せた。

沈黙は短い。だが、その間に広間の空気が重くなる。


「……それで、その女にはどう対処した?」


「はっ。記載では、リレンヌからエルフを連れて逃走したとのことです」


ハルザーは書類を一枚捲り、淡々と続ける。


「なお、その過程で『巨大な炎』を出現させたとあります。門前にて、複数の門番が戦意を喪失――抵抗らしい抵抗は成立しておりません」


ウィアードの瞳が、ほんの僅かに細まった。


「……いい知らせだよ、ハルザー」


愉快そうでもなく、怒っているわけでもない。先ほどと変わらない落ち着いた声。

しかし、長年仕えているハルザーは、その声の奥にわずかな愉悦が滲んでいるのを感じとった。


「この退屈な日々の――ほんの少しの慰み程度には、なるかもしれない」


指先で椅子の肘掛けを、とん、と軽く叩く。

唇に浮かんだのは笑みとも取れない、冷たい弧。


「なによりでございます」


ハルザーは、相変わらず事務的に返した。


「その女の動向を探れ」


ウィアードは視線を戻し、退屈そうに指先を組む。


「……分かっているとは思うが、見つけてもすぐに殺すなよ」


声音だけが、わずかに甘くなる。


「正体と目的を探る程度でいい。折角の催し物が、すぐ終わっては寂しいからね」


「仰せのままに」


ハルザーは一拍も置かずに頷く。その後踵を返し、静かに退出した。


扉が閉まる。

残ったのは、広すぎる玉座の間の静けさと、ウィアードの薄い笑みだけだった。



これにて第二章「リレンヌ編」は終了となります。


ここまで読んでいただいた皆様、ブックマークや評価いただけた方ありがとうございます。


ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。気が向いたらで良いので、よろしくお願いいたします。


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