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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第二章 リレンヌ篇
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第四十五話 別れの朝

その後、三人は今後ついて言葉を交わした。


《このままリレンヌに留まるのは愚策だ》


最初に口火を切ったのはラグルスだった。


《セキトらが戻らぬ以上、聖衛隊は原因の究明を必ず行う。我らが関わったことは、遅かれ早かれ露見すると見てよい》


「……わたくしも、同意見です」


レティシエラは、膝の上で組んだ手に力を込める。


「スラムの拠点も、もはや機能しません。

 リレンヌでこれ以上、異種族側が動くことはできないでしょう」


「じゃあ、選択肢はひとつか」


セリアは一度だけ天井を見上げ、それからすぐに視線を戻した。


「エルフの里に行く。

 そこで情報を整理して、ウィアードをぶっ飛ばす準備をする」


言い方こそ乱暴だが、その方針に異を唱える者はいなかった。

レティシエラにとっても、それは本来目指していた場所への帰還だ。


「……ただ」


セリアは、ほんの少しだけ視線をそらす。

脳裏に浮かぶのは、陽だまり亭で過ごした日々。


「おいしかったよ」と笑って帰っていく客たち。

にこにこ笑いながら、楽しそうに鍋を振るメリダ。


(……居心地、良かったんだよな。ここ)


迷宮で百年過ごしたあと、ようやく手に入れた、あたたかい日常。

それを手放さなければならないことに、未練がないと言えば――やはり嘘だった。


しかし、先ほど目にした光景――

拠点の惨状、そしてレティシエラへの仕打ちが、喉元まで出かかった言葉を押し戻す。


「……いや、なんでもない。

 明日、おばちゃんにお店を辞めるって伝えるよ」


《……それがよい。世話になった者に迷惑をかけたくなければな》


セリアの迷いを見透かしたように、ラグルスが答える。


「よし。じゃあ、明日に備えて寝ようか」


未練を振り払うように、セリアはわざと少しだけ明るい声を出した。


「……そうですね」


「ああ。レティシエラはベッド使っていいよ。

 わたしは慣れてるから、床でも平気だし」


「い、いえ、そんなわけには……」


「遠慮するなって。伊達に百年、冷たい迷宮の洞窟で過ごしてないさ」


冗談めかした言葉に、レティシエラは一瞬何か言い返そうとするが、

やがて、肩を落として頷いた。


「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


「うん。おやすみ、レティシエラ」


「おやすみなさい、セリアさん。ラグルス様も」


《うむ……。休め》


短いやり取りのあと、部屋の中は静けさに包まれた。

翌朝の別れを思いながら、セリアは目を閉じる。

________________________________________


「じゃあ、行ってくる」


翌朝。

セリアはレティシエラにそう告げて、部屋を出た。


階段を降りていくと、陽だまり亭の一階にはいつも通りの朝があった。

メリダがカウンターの向こうで、手際よく仕込みを進めている。


「おはよう、セリアちゃん!」


顔を上げたメリダが、ぱっと笑顔を向けてくる。


「……おはよう、おばちゃん」


「どうしたんだい、なんか元気ないね」


いつもと少し違う声の調子を、メリダはすぐに拾い上げた。


(さすがだな、おばちゃん)


「……あー、えっと。実は――」


喉がひりつく。

覚悟は決めてきたはずなのに、いざメリダを前にすると、言葉がうまく続かない。


「今日で、お店を辞めさせてもらおうと、思って……」


ようやくしぼり出した言葉に、メリダの手が止まる。


「なんだい急に――」


「朝早くにすみません! セリアさん、いらっしゃいますか!」


メリダの声を遮るように、戸が勢いよく開いた。

門番の制服を着た青年――レインズが、店の中へ飛び込んでくる。


「何ごとだい……って、レインズかい。開店前にどうしたんだい」


「えっと、わたしに用か?」


セリアはできるだけいつも通りの調子で返す。

だが、レインズの表情は固く引き締まったままだった。


「セリアさん。昨日、陽だまり亭を出たあと……どこに行きましたか?」


その一言に、セリアの心臓がどくりと跳ねる。


《付けられていたか。焦りで警戒を怠ったようだな》


ラグルスの声が、頭の奥で静かに鳴った。


(これは、誤魔化せなさそうだな……)


セリアが言葉を探して口を開きかけた、その前に、レインズが続ける。


「昨日、セリアさんがスラムの方へ向かい、そこから抜け道を通って街の外へ出た――そういう報告が、門のほうに入っています。そしてその先で……エルフを庇い、聖衛隊を殺害した、と」


レインズは、苦いものを飲み込むように唇を噛みしめた。


「……嘘、ですよね?」


(そこまで見られてたか……完全にはぐらかすのは無理だな)


セリアが答えを飲み込んだまま黙り込む。

その沈黙に、メリダがぱん、とまな板に手をついた。


「なんの話だい、レインズ! 開店前に乗り込んできたと思ったら、訳の分からないことを!セリアちゃんがそんなこと――」


「いいんだ、おばちゃん」


セリアはメリダの言葉を遮り、まっすぐレインズを見た。


「レインズ。さっき言ったことは、本当だ」


「なに言ってんだい、セリアちゃん。聖衛隊を殺すなんて、そんな冗談――」


メリダが笑って受け流そうとする。


「おばちゃん」


セリアは、ほんの一瞬だけ迷いをにじませ、それでも言葉を続けた。


「本当に、お世話になりました。今日まで、この街でやってこれたのは……おばちゃんのおかげだよ」


「セリアちゃん……?」


「……だから、迷惑はかけられない」


セリアは拳をぎゅっと握る。


「わたしは今日で、この街を出る。

 レインズ。分かってるとは思うけど――おばちゃんは何の関係もない」


メリダは言葉を失い、セリアとレインズを交互に見た。


「……セリアさん」


沈黙を破ったのは、レインズだった。


「すぐに、逃げてください」


「レインズ?」


てっきり責められると思っていたセリアは、レインズの顔を見て固まる。


「もうすぐ、陽だまり亭に残りの聖衛隊と衛兵がやってきます。

事実がどうであれ、聖衛隊はセリアさんを連行するか……最悪、その場で処刑しようとするはずです」


レインズは真剣な表情のまま、言葉を重ねた。


「僕が、適当に誤魔化しますから。セリアさんは今のうちに街の外へ逃げてください」


そこまで言って、レインズはほんの少しだけ表情を崩しはにかむように笑う。


「セリアさんがこの街に来てから……監視の意味もあって、ずっと見ていました。

だからこそ、僕にはわかります。あなたが何の理由もなく、そんなことをするはずがないってことは」


「レインズ……」


セリアが小さく名を呼ぶと、今度はメリダが口を開いた。


「セリアちゃん。事情は聞かないよ」


それでも、と続ける。


「でもこれだけは覚えておいて。

 あの部屋は、そのままにしておくからね。鍵も換えないし、勝手に人も入れないよ」


「おばちゃん……ありがとう」


レインズが自分のしたことを知っていると分かったとき、 二人から罵倒されることをどこかで覚悟していた。

だが、予想に反して返ってきたのは、責める言葉ではなく、ただただ、自分を案じてくれる温かい言葉だった。

胸の奥が、じんわりと熱を帯びていくのを感じる。


《……人間は、まだ捨てたものではないのだな。少々、甘すぎるくらいだが》


ラグルスの声音にも、わずかな驚きが混じっていた。


「二人とも、本当にありがとう。お言葉に甘えて、逃げさせてもらうよ。

……でも、絶対に無理して、わたしのこと庇ったりはしないでくれよ?」


「分かってますよ。適当に時間を稼ぐだけですから」


「そうさねぇ。あたしはただ、お店の仕込みを続けてるだけだよ」


いつもと変わらない口調の奥に、確かな覚悟が滲んでいた。

セリアは二人に深く頭を下げると、踵を返し、二階の自分の部屋へと駆け出した。

________________________________________


「レティシエラ! すぐ出るぞ。聖衛隊がここに来る!」


二階の部屋に飛び込むなり、セリアは息も整えずに叫んだ。


「え? は、はい!」


レティシエラが椅子から半ば反射のように立ち上がる。


残りの聖衛隊が来たところで、セリアにとって敵ではない。しかし、

世話になった人たちの目の前で、血と火花を散らすことだけはしたくなかった。


「時間がない。悪いけど――」


言い切るより早く、セリアはレティシエラの腰と膝裏に腕を回した。


「えっ!? ちょ、セリアさん、何を――」


「黙ってないと舌噛むぞ!」


「――っ!?」


慌てた声を置き去りに、セリアは窓枠を蹴る。

陽だまり亭の向かいの家――その屋根へ着地した瞬間、迷いなく駆け出す。


(ここから最短で街を出るなら、あの門だな)


屋根を蹴り、跳び、次の屋根へ。路地の影を切り裂くように最短をつないで、門めがけて一直線に進んでいく。


「すごい……」


思わず漏れた感嘆と一緒に、レティシエラは反射的にセリアの肩口へしがみついた。

視界の端で、リレンヌの街が流れるように過ぎ去って行く。


――ほんの数分。


セリアがこの街に来たとき、最初に通された門。

あの見覚えのある城門の影が、すぐ目前に迫っていた。


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