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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第二章 リレンヌ篇
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第四十四話 正体

レティシエラとセリアが陽だまり亭の近くまで戻ったときには、空は茜色に染まり始めていた。

セリアに導かれ、レティシエラは人通りのない路地裏から建物の影を抜け、誰の目にも触れぬよう裏口からそっと中へと忍び込む。


二階へ上がりセリアの部屋の前にたどり着くと、静かに扉を開け、中の片隅に抱えてきた服の束を置いた。

マントを羽織り直し、椅子に腰を下ろす。


「……」


セリアを待つあいだ、考えまいとしていたことがどうしても頭を巡る。

リカルドの裏切り。聖衛隊の暴虐。

スラムで立ち上がろうとして、踏み潰された仲間たち。


そして――


レティシエラはこれまで、「人間も守りたい」と、迷いなく口にしてきた。


(……本当に、正しかったのでしょうか)


人間以外を劣等種と見なし、その尊厳も命すらも平然と踏みにじる人間たち。

そんな者たちも守るべき対象だと、今のレティシエラには胸を張って言える自身がなかった。


(わたくしは……)


誰を守りたいのか。

神々の物語を、ただ憧れのままになぞっているだけなのか。

それとも、自分の意思でこの道を選んでいるのか。


答えは出ない。

同じ問いだけが、輪を描くように頭の中を回り続ける。


どれくらい時間が経ったのか――

コン、コン、と控えめなノックの音がして、レティシエラの思考は唐突に途切れた。


「悪い、待たせた」


扉が開き、セリアが顔を覗かせる。

陽だまり亭のエプロンをつけたその姿は、つい先ほどまで紅蓮をまとって戦っていた者と同じ人物とは思えないほど、どこか普通の少女に見えた。


「……セリアさん」


レティシエラは立ち上がる。


「お仕事のほうは……」


「なんとか誤魔化してきたさ」


セリアは、どこか気まずそうに頬をかく。


「腹の調子が悪いだのなんだのって言って飛び出したからな。

 さっき『ほんとに顔色悪かったんだから心配したんだよ』って怒られた」


「ふふ……」


その光景を思い浮かべてしまい、レティシエラの口元にかすかな笑みが浮かぶ。

その笑みが、ほんの少しだけ重たい空気を和らげた。

________________________________________


「……それで、セリアさん。

 先ほど『詳しい話はここで』と仰っていましたね」


「……ああ」


セリアは一度だけ目を閉じ、それから視線を自分の掌へと落とした。


「順番としては、多分――わたしの正体から、だよな」


「正体……」


レティシエラが言葉を繰り返した、そのときだった。


《――その前に、我の紹介からだろう》


部屋の中に、第三者の声が響いた。

低く、よく通る、どこか威圧を帯びた男の声。


「……っ!?」


レティシエラの肩がびくりと跳ねる。


「だ、誰ですか……!? どこに……」


目に見える気配は何もない。

しかし、確かに耳に届く声だった。


セリアは、少しだけ苦笑を浮かべる。


「落ち着いてくれ、レティシエラ。

 紹介するよ――ラグルスだ。元、神様のな」


「ラグルス……って、え……!」


レティシエラの瞳が大きく見開かれる。


《元を付けるな。……まあよい》

《我はラグルス。かつて、このアルマルドを護っていた神の一柱だ。

 今は魂だけの存在として、この娘――セリアの肉体に宿っている》


「神……。ラグルス、様……本当に……?」


レティシエラが呆然と呟く。

セリアは、そんな彼女を見て小さくため息をついた。


「まぁ、その反応になるよな」


そう前置きしてから、言葉を続ける。


「……わたしは、ラグルスに創られた『神の器』だ。

 ウィアードへの復讐を果たすために創られた、ラグルスの魂を入れるための器」


《器、といっても、実質のところは神と言ってよいだろう》


レティシエラは、瞬きも忘れてセリアを見つめる。

セリアは視線を逸らさず、淡々と語り始めた。


迷宮で目覚めたこと。

記憶も名前もない魂として、ラグルスに呼び出されたこと。

百年ものあいだ、魔物を狩り続け、神器と炎を鍛え続けてきたこと。


「……そして、ウィアードを倒すために、地上に這い上がってきた」


最後の一言だけは、ほんのわずかに声に熱が乗った。


「そんな、お話が……」


レティシエラは言葉を探すように、かすかに唇を震わせる。


「神の器……。ラグルス様の、復讐のために……」


「今となっては、わたし自身にとっても、ウィアードは倒すべき相手だけどな」


《……元は復讐が動機ではあった。

だが、地上に戻り見てきたこの世界は、もはや見過ごせる状況ではない。かつてこの世界を守護してきた身としてはな》


レティシエラは、ミリラーネが語ってくれた神々の時代を思い出す。

人と異種族が、同じ場所で笑って暮らしていたという、遠い昔の光景。


(……夢物語じゃ、なかった)


その「昔」と、目の前のセリアの「今」とが、細い線でつながった気がした。


「精霊の声で……セリアさんが普通の人間ではないことは、なんとなく分かっていました。

でもまさか、神、でしたとは……」


「今さら畏まるのは、やめてくれよ?」


セリアは、わざと肩の力が抜けたような調子で言った。


「わたしは、人間が憎いわけじゃないんだ。この一ヶ月で、良い人間もたくさん見てきた。

 できれば、昔みたいに人間と異種族が手を取り合って暮らせる世界になれば、って思ってる」


「……」


レティシエラは、ただ黙って耳を傾けていた。

セリアの金色の瞳には、軽口とは裏腹の、はっきりとした意思の色が宿っている。


「だからさ。ウィアードは倒す。そして、戦争も止める。どっちも、やってやるつもりだ」


その言葉は、子どものわがままのようでいて、それでも妙な説得力があった。


レティシエラは、少しだけ目を伏せる。


(……守護者の再来、なんて呼ばれていましたけれど)


自分のやってきたことは、全部目の前の少女がやろうとしていることの前座に過ぎないのかもしれない。

けれど、不思議と、悔しさよりも安堵のほうが勝っていた。


(……わたくしだけではとても届かなかったところに、ようやく手を伸ばせるかもしれない)


「分かりました」


レティシエラは顔を上げ、セリアを真っ直ぐに見据えた。


「でしたら――わたくしにも、手伝わせてください」


「……レティシエラ?」


セリアが目を瞬く。

レティシエラは、組んでいた手をぎゅっと握りしめた。


「ウィアードを倒すことも、戦争を止めることも……今のままでは、とても届かないところでした」


言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。


「でも、あなたとラグルス様が本気でそれを目指すというのなら――

 わたくしは、『守られる側』ではいたくありません。

 この世界を守りたいと思う一人として、あなたたちと同じ場所に立ちたいのです」


少しだけ息を呑み、それから問うように言葉を重ねた。


「……わたくしでは、力不足でしょうか」


《正直なところ、あの聖衛隊ごときにあの有様では、足手まといと言わざるを得ない》


「……」


レティシエラは、わずかに視線を落とす。


《だが、我の見立てではお前の実力はあの程度ではあるまい。

 精神的な影響もあって力を出し切れなかったと見る。精霊術も、使いようによっては実に便利だ。

 何より、我らには『この時代』に明るい協力者が必要だ》


「あー、回りくどいって相棒」


セリアがラグルスの言葉を遮るように口を挟む。


「つまりは、一緒に行こうってことだな」


「……!」


レティシエラの胸に、ふっと灯がともる。


「はいっ!よろしくお願いします!」


《……相棒はやめろ》


ラグルスの不機嫌そうな声に、

セリアとレティシエラの口元に、同時に小さな笑みが浮かんだ。


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