第三十七話 弔い
一行は一通り周辺を探索したが、誰かが生き残っている形跡は見当たらなかった。
「……やっぱり、駄目か」
セリアは骨の山の端にしゃがみ込み、布切れを指先でつまんだ。
血と泥で汚れてはいるが、ところどころ縫い目の細かさが残っている。ごく普通の旅人の服だ。
「人間の骨と、獣人の骨が混ざっているようです」
エルフの青年が、表情を固くしたまま低く言う。
「どれも、かなり前に……」
「最近さらわれた人たちの分も、ここで片付けられてるってことッスね」
獣人の青年が奥歯を噛みしめ、拳を握った。
レティシエラは、しばらく黙って骨と布の山を見つめていた。
やがて、目をつぶり両手を胸の前で組む。
「せめて――安らかに」
小さな祈りの言葉を紡ぐと、足元から淡い光が広がり、骨の山と血の跡を優しく包み込んだ。
それは何かを派手に変える力ではない。
ただ、腐臭と血の匂いを少しだけ薄め、虫たちのざわめきを和らげる程度の、ささやかな術だった。
《……弔いか》
(派手さはないけどさ。こういうのが、一番守護者っぽいよな)
セリアは何も言わず、その様子を見守った。
「これ以上、ここでできることはありません」
レティシエラは静かに立ち上がると、一行を振り返る。
「生き残りがいないことも含めて、すべて仲間たちに伝えます」
「……了解ッス」
「戻りましょう。日が暮れる前に」
一行は森を後にし、来た道を辿ってリレンヌへと戻っていった。
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隠し通路を抜け、再び拠点の地下室へ戻ってくると、残っていた仲間たちが一斉に顔を上げた。
「お帰りなさい!」
「どうでしたか!」
獣人や龍人たちの視線が、レティシエラへ集中する。
レティシエラは一度皆を見渡し、小さく頷いた。
「背骨狼の群れが原因のようでした。群れの中心は排除しましたので、これ以上、同じルートで行方不明者が出ることはないと思います」
「ですが……残念ながら、生きたまま助けられた方は、いませんでした」
短い報告に、あちこちから息を呑む気配が伝わる。
俯く者、拳を握る者。誰も声を上げて責めたりはしない。
ただ、それぞれの胸の内で悔しさを噛み殺しているのが、セリアにもわかった。
「……でも、ありがたいッス」
先ほどまで一緒にいた獣人の青年が、ぽつりと言った。
「これ以上、あそこで仲間が食われることはないんスから」
「そうですね」
エルフの青年も静かに頷く。
「この街の外を通る者たちにとっても、大きな変化になります」
レティシエラは二人の言葉を聞き、わずかに表情をやわらげた。
「今回の調査と戦闘は、セリアさんの協力があってこそ成し得たものです」
そう言って、改めてセリアのほうへ向き直る。
「改めて、お礼を言わせてください。……本当に、ありがとうございました」
「礼を言われるほどのことはしてないさ。わたしは、殴れるやつを殴っただけだよ」
セリアは頭をかきながら手のひらをひらひらさせた。
その一言に、獣人やエルフたちの視線が少しだけ柔らかくなる。
「でも、今日一日でよくわかったッス」
獣人の青年が、照れくさそうに笑った。
「レティシエラ様が『ミリラーネ様の再来』って言われる理由」
「本当にそうですね」
エルフの青年も続く。
「……もう、その呼び方はやめてくださいと言っているのですが」
レティシエラは困ったように眉を寄せたが、完全に否定しきれていないのが、セリアには少しおかしく見えた。
「ただのレティシエラです。皆さんと同じ、一人のエルフでしかありません」
「でも、頼りにしてるッスよ」
「そんなレティシエラ様だからこそ、ついていこうと思えるのです」
二人が笑うと、周囲の空気も少しだけ和らいだ。
(最初に会ったときは、ちょっと冷たい奴かと思ったけど……)
セリアはその光景を眺めながら、心の中で頷く。
(随分と優しくて、真っ直ぐな奴だったんだな)
レティシエラという存在に対して、使える駒でも利用する相手でもない、別の何かが胸の奥に小さく灯った気がした。
「それで、セリアさん」
レティシエラが改めて近づいてくる。
「ささやかではありますが、今回の護衛と協力への謝礼をお渡ししたいのですが……」
「いや、いらない」
セリアは即座に首を振った。
「今日は、わたしの暇つぶしみたいなもんだし。なんならストレス解消にもなったしさ」
「ですが――」
「どうしてもって言うなら、今度、情報の話をする時にでも、少し多めに聞かせてくれればそれでいいよ」
セリアはそう言って笑う。
「それとも、あんたの里の昔話でも。神様と守護者のやつ、結構面白かったしな」
「……わかりました。その条件なら、喜んで」
レティシエラは一瞬目を瞬かせ、それからふっと細く笑った。
「今度お会いするときまでに、ミリラーネ様や、ラグルス様とイーリア様の話を、もっと思い出しておきます」
「楽しみにしとくよ」
セリアは軽く片手を挙げると、踵を返した。
「じゃ、今日はそろそろ帰るよ。あんまり遅くなると、おばちゃんが心配するからな」
「はい」
レティシエラは深く一礼する。
「本当に、ありがとうございました。気をつけてお帰りください」
背後からの礼の言葉を聞きながら、セリアは地下室を後にした。
階段を上りながら、ふと振り返る。
扉の向こうには、まだレティシエラたちの声が微かに聞こえていた。
《……優秀だな。しかもまだ底を見せてはいまい》
「ははっ、これからも協力していくんだから、ありがたいことだろ?」
《そうだな。あの娘がいれば、この拠点は上手くやるだろう》
セリアはスラムの薄暗さを抜け、陽だまり亭のある通りへ向かって歩き出した。




