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炎神少女は、歪んだ世界に火をつける  作者: ぱぱんむ
第二章 リレンヌ篇
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第三十六話 巣の奥へ

森の奥へ足を進めるセリアたち。

木々の間を抜ける風は弱まり、代わりに、どこか湿った生臭さが鼻を刺すようになる。

枝葉が陽を遮り、昼だというのに足元は薄暗い。


「……さっきより、匂いがきつくなってきたッスね」


獣人の青年が、耳をぴくりと動かして顔をしかめた。


「血と……それだけではない匂いですね」


エルフの青年が静かに言う。


しばらく進むと、地面に散らばるものの種類が変わってきた。

砕けた荷車の木片や木箱の他に、骨のかけらのようなものが混ざるようになった。


「ここで一度、襲われてますね」


レティシエラがしゃがみ込み、地面に残る跡を確かめる。


「でも、ここで全部終わってるって感じじゃないな」


血は多いが、完全にその場で死に切ったというより、引きずられたような跡が森の奥へ伸びている。


《……やはり奥だな。気配もまだ途切れておらん》


さらに数分ほど進むと、ふいに視界が開けた。


「……ここは」


木々が円形に途切れ、小さな窪地になっていた。

その中央には、骨と皮と肉片が混じり合った、異様な「山」が築かれている。


腐臭が鼻を刺し、虫の羽音が不規則に鳴っていた。

その周囲を、何匹もの背骨狼スパインウルフがうろついている。


「今までの数とは桁が違いますね」


エルフの青年が、目を細める。


「ここが巣ってことッスか」


獣人の青年の声が、かすかに低くなった。


そのとき――


骨の山の陰から、ひときわ大きな影がぬっと姿を現した。


「……親玉だな」


セリアは自然と眉をひそめる。


他の個体より二回りは大きい背骨狼だった。

背の棘は刃物のように長く、体毛はところどころ硬く変色している。

片目は濁った黄色に濡れ、口元からはよだれと血が混じったものが垂れていた。


「間違いないですね。ここが群れの中心……そして、行方不明者が運ばれてきた場所でしょう」


レティシエラが背骨狼の親玉を見つめたまま呟く。


その直後、親玉が爪を地面に食い込ませるようにして身を沈めた。

それに呼応するように、周囲の背骨狼たちも一斉に牙を剥く。


「今のうちに、できることはやっておきましょう」


レティシエラが小さく息を吸った。


「皆さん、その場から動かずに。すぐ終わります」


「――レインフォース」


レティシエラは片手を胸の前にかざし、短く言葉を紡ぐ。


その足元に、ふわりと淡い光の輪が生まれた。

光は地を這うようにして四方へ広がり、セリアたち三人の足元を順にかすめていく。

肌を撫でるような微かな温もりとともに、体の芯に一本、すっと細い芯が通ったような感覚が走る。


「……お?」


セリアは思わず両手に力を込めた。

明らかに先程より力の巡りが良い感覚がある。


「身体能力を底上げする術です。……僅かですが」


レティシエラが説明する。


「助かるよ。これで全力で殴りやすくなるってわけだ」


セリアは拳を握り直し、正面の背骨狼へ視線を据えた。

レティシエラは目を開け、三人を見渡す。


「先程同様、前衛はわたくしとセリアさん。二人は、後ろから援護を」


「了解ッス」

「分かりました」


獣人とエルフの青年が短く答える。


「セリアさん」


レティシエラが横に並び、剣を抜いた。


「無理はなさらないでくださいね」


「お互い様だろ」


セリアは口元だけで笑い、腰のランタンに手をかける。


次の瞬間、親玉が咆哮を上げた。

それを合図にしたかのように、周囲の背骨狼たちが一斉に飛び出す。


「来るぞ!」


セリアはランタンの火を拳に纏わせ、地面を蹴って前へ出る。

最初の一匹が飛びかかってきたのに合わせ、セリアは一歩踏み込み、拳を脇腹に叩き込んだ。


レティシエラにかけてもらった強化のおかげか、手応えは先ほどより重く、獣の体が大きく吹き飛ぶ。


「こちらはお任せを!」


レティシエラが短く叫び、左から回り込んできた別の一匹へ斬りかかった。


細身の剣が低い軌道を描き、首元を抉る。


「とりゃあ!」


獣が悲鳴を上げて崩れ落ちたところへ、獣人の青年の槍が追い打ちを入れた。


エルフの青年は弓矢で他の背骨狼たちを牽制し、接近を許さない。


次々と数を減らしていく中、親玉だけは一歩も動かずこちらをうかがっていた。


《……様子を見ておるな。群れの動きを見てから、自分も動くつもりだろう》


(だったら、こっちから行くまでだ)


セリアは最後の一匹を蹴り飛ばし、そのまま親玉へ視線を向ける。


「小物は片付いたな」


親玉が、低く喉を鳴らした。

凄まじい踏み込みとともに、巨体が前へと跳ぶ。

さっきまでの個体とは比べものにならない速さと圧力が迫る。


「セリアさん!」


「分かってる!」


セリアは親玉の正面から走り込み、ギリギリまで引きつけてから地面を蹴って横へ滑り込んだ。


(さっきより、ちょっとだけ強めに――!)


「はっ!」


すれ違いざま、親玉の顎を狙ってアッパーを叩き込む。


鈍い音とともに炎が弾け、焼けた毛と肉の匂いが立ち上る。

親玉の頭が大きく跳ね上がり、巨体がぐらりと揺れた。


よろめいたところへ、レティシエラが踏み込む。


「今です!」


短く叫び、親玉の前足の付け根へ細剣を深々と突き立てる。

獣の体勢が大きく崩れた。


「任せるッス!」


獣人の青年が横から回り込み、槍を後ろ足の腱に突き立てる。


エルフの青年も矢を番え、腹部めがけて次々と射かけた。


親玉はなおも暴れ、棘だらけの背を振り回す。


飛び散った骨が地面を抉り、セリアの頬をかすめた。


「っとと……」


セリアは一歩引き、もう一度ランタンに手をかざして炎を纏う。


「しつこいな。そろそろ寝とけ!」


セリアは拳を固く握り、踏み込んだ。


親玉がこちらを向く、その一瞬に――額めがけて、渾身のストレートを叩き込む。


拳にまとわりついた炎の熱が、衝撃と一緒に骨の奥まで突き抜ける。


巨体がぐらりと揺れ、そのままどさりと倒れ込む。

しばらく痙攣が続いたのち、親玉は完全に動かなくなった。


「……終わった、ッスかね」


獣人の青年が、肩で息をしながら槍を引き抜く。


「ひとまず、片付いたな」


セリアは拳を払って炎を消しながら答える。

ランタンの蓋をしっかり閉じると、炎はまたいつもの小さな明かりに戻った。


「皆さん、お怪我は?」


レティシエラが三人のほうへ歩み寄る。


「わたしは大丈夫」


セリアは特に怪我は負っていない。


「折れてはいないッス。ちょっと打ったくらいッスね」


獣人の青年が腕を回してみせる。


「私も、かすり傷程度です」


エルフの青年が、頬の浅い切り傷を指でなぞった。


「そうですか。皆さん無事で良かったです。ですが、傷があるのであれば、治してしまいましょう」


レティシエラはほっとした表情でそう告げると、獣人の青年のそばにしゃがみ込んだ。


「痛みは強くないですか?」


「だ、大丈夫ッスよ。これくらい、何度も――」


「何度も、で済ませてはいけません」


レティシエラは少しだけ眉をひそめ、しかしすぐに柔らかく微笑んだ。

そっと青年の腕に手を添え、短く言葉を紡ぐ。


「――ヒール」


温かなものが、じんわりと打ち身に染み込んでいく。


「おお……。さっきより、だいぶマシになったッス」


「それなら良かったです」


レティシエラはそう言って手を離し、今度はエルフの青年の頬に視線をやる。


「そちらも、治しましょう。跡が残ってしまうと大変ですから」


「お気遣い、ありがとうございます」


エルフの青年は、慣れた様子で頬をレティシエラのほうへ向ける。

レティシエラが術をかけると、浅い傷口からにじんでいた血がすっと引いた。


セリアは、その様子を少し離れたところから眺めていた。


(……本当に、よく気が回るよな)


レティシエラはセリアには目立った怪我がないと見るや、迷いなく獣人とエルフのほうを優先した。

その当然の順番の付け方に、隊のまとめ役としての空気が自然と宿っていた。


「レティシエラ様は、やっぱりすごいッスよ」


獣人の青年が、ぽつりとこぼした。


「精霊術も剣も一流で、なのに全然偉ぶったりしないッスからね。

 里じゃ『ミリラーネ様の再来』だなんて言われてるのも、全然不思議じゃないッス」


「ちょ、ちょっと。そういう話はやめてください」


レティシエラが慌てて振り向く。耳の先が、ほんのり赤くなっていた。


「再来なんて、おこがましいにもほどがあります。ミリラーネ様は、もっと……」


レティシエラが言い淀む。


「もっと、なに?」


セリアが面白そうに身を乗り出した。


「……もっと強くて、もっとお美しくて、とにかく偉大なお方です」


「今、『お美しくて』のところだけ、ちょっと声に力入ってたな」


「そ、そんなことはありません!」


レティシエラが慌てて首を振り、周りの獣人とエルフがくすりと笑った。


「ですが事実として、レティシエラ様の精霊術と剣の腕は、里の中でも群を抜いています。ミリラーネ様がリレンヌに人材を送ると決めたとき、真っ先に名前が挙がったのはレティシエラ様でした」


「それは、たまたまですよ。誰かがやらなければならない役目でしたから」


レティシエラは僅かに首を振る。


「龍人の連中も、レティシエラ様のことは買ってるッス。『あのエルフなら背中預けていい』って、前に言ってたッスから」


「光栄なことではありますが……」


レティシエラは困ったように微笑んだ。


「皆さんが頼りにしてくださるぶん、わたくしも簡単には倒れられませんね」


「そうだな。わたしも頼りにしてるよ」


セリアは何気ない口調で言いながら、その横顔を盗み見る。


まだ若く見えるエルフの少女が、当たり前のように里と拠点と仲間たちのことを背負っている。

その姿に、迷宮の中で見てきたどんな強敵とも違う強さを、セリアはほんの少しだけ感じていた。


《……よく出来た娘だな》


ラグルスが、珍しく素直な調子で呟く。


《これだけの才を持ちながら慢心せず、他種族からの信頼も厚い。里が代表として据えるにはうってつけだろう》


「だよな。……だからこそ、放っておけないんだろうな、たぶん」


セリアは、親玉の死骸の横を通り過ぎながら、視線を奥へと向ける。


「さて、と。のんびりもしていられないな。行方不明者の痕跡が、この先に残ってるかもしれない」


「はい」


レティシエラはすぐに表情を引き締め、骨の山とその周囲を改めて見渡した。


「ここが終点でないのなら、その先があるはずです。もう少しだけ、付き合っていただけますか」


「最初からそのつもりだよ」


セリアは片手をひらひら振って笑い、一行は再び森の奥へと歩み出した。


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