第二十四話 街
《駄目だ》
ラグルスはきっぱりと言い切った。
《これから外界で活動する上で、毎回先ほどのようなやり取りが発生しては面倒だ》
「いや、そうだけどさ……。元をたどれば相棒のせいだろ? わたしの服、作ってなかったじゃないか」
《仮に我が服を作っていたとしても、百年は耐えられまい。ましてお前が炎を纏えば、たちまち燃え尽きるだろう》
《さらに言えば、迷宮の魔物の毛皮を使って服を作ることもできたはずだが?》
「じゃあ、それを言ってくれよ!」
《あの迷宮で毛皮を纏う必要性は感じなかったものでな》
「はあ〜……これじゃあ露出狂みたいじゃないかよ。脱いで興奮するわけじゃないけど、服は着ていたくないなんて……」
《このまま服を着なければ、『みたい』ではなくそのものだがな》
(こいつ……)
久々にラグルスの煽りに苛立ちを覚えつつも、セリアは話題を変えた。
「なんか、ここの人たち、優しいな。それに街も平和だ……」
窓の外では、街路を人々が行き交っている。
屋台を開く者、馬車を引く者、井戸で水を汲む女たち。
日常の音がゆっくりと広がっていく。
「……案外、上手くやってるのかな。ウィアードのやつ」
《まだ判断するのは早い。……だが、少なくともこの街は、最低限の秩序を保っているようだな》
「取りあえず、今日のところは寝るとしますか」
《そうだな。明日から本格的に情報収集に努めるぞ》
「了解」
セリアは簡素なベッドに身を投げた。
「はぁぁぁぁ〜〜」
《なんだ、その気持ちの悪い声は》
「いいだろ!いままで洞窟の岩の上で寝てたんだぞ。ベッドに転がったら、声ぐらい出るだろ!」
《その粗末な寝台でそこまで感動できるとは、安上がりなものだな》
「こっちは百年、岩の上で寝てたんだ。どこだって最高級品の感覚で寝られるさ」
そう言って布団を被る。
「……」
「……寝るときくらいは、服、脱いでもいいよな?」
《……好きにしろ》
ラグルスは呆れたように答えた。
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翌朝。
窓から差し込む日差しで目を覚ます。これは、百年間なかった感覚だった。
(明るい……!)
ただの太陽の光。それだけなのに、セリアにとってはまだ新鮮だった。
「よしっ! 今日は街を見て回るぞ!」
――コンコン
小屋の扉をノックする音が響く。
「すみません! 起きていますか!」
その声に聞き覚えがあった。昨日の若い門番だ。
「あぁ! さっき起きたとこだ!」
「そうなんですね。入ってもいいですか?」
「どうぞ」
「失礼します!」
ガチャ、と扉が開いた瞬間――
「うわあああ! す、すみません!!」
若い門番は顔を真っ赤にして、反射的に背を向けた。
「ん……? どうした?」
《お前、また服を着ておらんぞ……》
ラグルスが小声で指摘する。
(そういや寝る前に脱いだんだった……)
「悪い。今着替えるよ」
セリアは慌てて服を掴み、手早く着替えた。
「で、要件はなんだ?」
「は、はい。昨日、記憶がないとおっしゃっていたので……その、これからどうされるのかを確認してこいと、上から言われまして」
「ああ、そういうことか。取りあえず、街を見て回ろうかなって思ってるよ」
「そうですか。……えっと、その、お金とかはお持ちですか?さすがに、その門番の制服のままというわけにも……」
「……お、金?」
セリアはきょとんとした顔で、自分の服と手元を見下ろす。
持ち物といえば、ネスヴィラからもらったネックレスひとつだけ。
当然、金など持っていない。
「やっぱり、持ってないんですね。たしか……気づいたら何も持ってなかったんですよね」
「あ、ああ。うん、まぁ、そんなとこ」
《また適当な返答を》
(しょうがないだろ、ほんとのこと言えないんだから……!)
「わかりました。それではこちらで少しですがお金をお貸しします」
「それと、僕がこの街を案内しますね」
「ほんとか!?それは助かるよ!」
「え、ええ。それでは外で待ってますので、準備ができたら出てきてください」
そう言って、若い門番は小屋の外へ出ていった。
「やっぱ、すごく優しいな!まさかお金貸してくれる上に、案内までしてくれるなんて」
《……監視だろうな》
「え?」
《素性のわからぬ裸の女が、無傷で現れたのだ。事情を聞いてもはっきりしない返答となれば、警戒するのは当然だろう》
「た、確かに……」
《今のところ、罪を犯した確証が無い故、表向きは『協力』という形で監視している――それが妥当だな》
「でも、こっちは文無しだし、街のことも知らないから、ありがたいことには変わりないだろ?」
《そうだな。だが、余計な言動には気をつけろ。特に今のアルマルドがどうなっているか不明な現状では、我らの素性や力を知られるのは避けるべきだ》
「じゃあ、神器や炎を使うってのは……」
《以ての外だ》
「まじかよ……」
(咄嗟に使いかねないから気をつけないと……)
《あまり時間をかけても怪しまれる。そろそろ出るぞ》
「……そうだな」
セリアは小屋の扉を開け外に出る。
「待たせたな」
「い、いえ。それでは、まずは……服を買いに行きましょうか」
セリアにとってはこの世界で生まれて百年。
ようやく初めての「人の街」へ繰り出すのだった。




