第二十三話 裸の来訪者
「街、見えてきたな!」
森を抜けたセリアは、草原を駆け抜けながら声を上げた。
日はすでに傾き、空は茜から紫へと移ろい始めている。
遠くに見える街は、四、五メートルほどの塀に囲まれており、門の前には二人の門番。
二十歳前後の若い男と、中年の男――どちらもまだこちらには気づいていない。
「この街、知ってるか?相棒」
《我の記憶にはない》
「まぁ、千八百年も経ってりゃそうなるか。……じゃあ、さっさと入れてもらいますか!」
セリアは軽い足取りで門へ向かう。
門番がセリアを視界に捉えた瞬間、二人の表情が固まった。
「ど、どうしたんですかっ!」
若い門番が慌てて駆け寄ってくる。
いきなりの剣幕にセリアはきょとんとした。
「え? どうって……?」
「そ、その格好ですよ! 盗賊にでも襲われたんですか!?」
「は?」
「いや、その、ふ、服ですよ!服!」
「ふ、く……?」
「だから!そ、そんな裸でいるなんて!」
門番の声が裏返った。
セリアは数秒の間を置き、ようやく自分の格好を見下ろす。
「あぁ、これね。別に問題ないぞ。こう見えてこの肌、結構丈夫なんだ」
《……そのような意図の問いではないと思うぞ》
門番に聞こえないくらいの小声で、ラグルスがぼそりと呟く。
「え? いや、と、とりあえずこちらへ!」
門番の若い男は、セリアの返答に一瞬目を瞬かせたが、すぐに慌てて門の内側へ促した。
「え? ちょっと、あれ? なんで引っ張るんだ?」
「……人目がありますので!」
セリアはよく分からないまま腕を取られ、半ば流されるように門をくぐる。
関所の小屋に通され、毛布を手渡された。
「こ、これをどうぞ」
顔をそむけながら差し出す門番。
「……あ、ありがとう」
流れのまま毛布を受け取り、セリアは肩に羽織った。
「どういう流れだよこれは」
小声でラグルスに話しかける。
《人というものは、服を着るのが当たり前。それだけの話だ。……まぁ、百年全裸で過ごしたお前にとっては、忘れてしまった感覚かもしれんがな》
「い、言われてみれば、そうだったか……」
セリアにとって、あの迷宮での百年は生きることと強くなることに費やされた時間だった。
最初こそ羞恥を感じていたが、そんな感情はすぐに消えた。
服を着ていないことなど、もはや思い出すこともなかったのだ。
(服を着ていないんだから、驚かれるのは当たり前だよな。でも……なんだろう。全然恥ずかしくないぞ)
「では、僕は報告をしてきます。えっと、別の門番が来ると思うのでここでお待ちください」
若い門番が出て行き、静かな時間が流れる。
ほどなくして、先ほどの中年の門番が小屋に入ってきた。
「君、どこから来たんだ? 身分証とかは――」
《余計なことは言うな。迷宮の名を出せば面倒になる》
「わかってるって」
小声で返しながら答える。
「えっと……その、あんまり覚えてないんだ。気がついたら森の中で、魔物に襲われて……気づいた時には何も持ってなかった」
セリアは言葉を選びながら、曖昧に笑った。
「……記憶が、ないのか?」
門番の眉がわずかに動く。
「ああ。ぼんやりしてるけど……たぶん、どこかから旅してきたんだと思う」
軽く肩をすくめてごまかすと、門番はしばらく考え込んだが、それ以上は追及しなかった。
「……そうか。無事で何よりだ」
男は一息つき、小窓の鎧戸を押し開けた。夕暮れの気配が差し込む。
セリアもつられて外を見る――外には街の景色が広がっている。
石畳の通り。並ぶ木造の家々。屋台から漂う香ばしい匂い。
久しく忘れていた生活の音がそこにあった。
(……人の街って、こんなに賑やかなんだな)
「とりあえず、今夜はここに泊まっていきなさい」
門番の男が言う。
「あ、ありがとう」
「あと、服は……こんなものしかないが、我慢してくれ」
差し出されたのは、門番と同じ男物の制服だった。
「それでは、私はこれで」
男が出て行くと、セリアは毛布を外して制服を手に取る。
「……取りあえず、服を着るか」
セリアは渡された服に袖を通した。
(ん……?)
強烈な違和感が全身を走る。
(なんか、むずむずする。っていうか気持ち悪い?)
セリアは百年にわたる全裸生活によって、肌に布を纏うことに強い不快感を覚える身体になっていた。
「なぁ相棒……服って、着る必要ある?」




