第二十二話 初めての空
ここから第二章となります。
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森の奥を流れる小川のせせらぎが聞こえた。
陽の光が葉の隙間から差し込み、水面が細やかにきらめく。
「……ふぅ」
セリアは水面にそっと足を入れた。
ひやりとした感触が皮膚を走り抜ける。
(冷たい……けど、気持ちいいな)
迷宮では、そんな感覚を味わうことは一度もなかった。
百年間ずっと汚れも血も、炎で焼いて消していた。いまは水が、それをやさしく上書きする。
流れる水が、肌を撫で熱を奪っていく。
太陽の下で浴びる冷たい風と、葉のざわめきが、全身に沁みた。
「……外の空気って、生きてるって感じがして良いな」
《当然だ。迷宮の瘴気とは違う。すべてが循環している》
セリアは手のひらを水に沈め、顔にすくい上げた。
滴る雫が紅の髪を濡らし、頬を伝って落ちていく。
(炎で焼くより……ずっと優しいな)
少しの間だけ、何も考えずにその感覚を味わった。
やがてセリアは髪を払って立ち上がる。
陽の光に濡れた肌が煌めき、湯気のように淡く蒸気を上げた。
《さて、そろそろ進むぞ》
「ん、わかってる」
セリアは最後にもう一度、水面に映る空を見下ろした。
冷たい水滴が頬を伝い落ちる。
セリアは川から上がり森の奥へ歩き出した。
「なぁ相棒。外に出たはいいけどさ、このあとどうする予定だったんだ?」
木漏れ日の下、セリアは軽く伸びをしながら言った。
《相棒はやめろ。……我にとっても久方ぶりの外界だ。まずはこのアルマルドの地が、我の記憶とどの程度異なっているかを調べる》
「情報収集ってことね。で、どこ向かうの?」
《まずは人里だ》
「人里、ね。……で、適当に歩いてるけど、どっちに人里があるとか覚えてるのか?」
《それは不明だ。そもそも現在地が、過去の記憶上のどこに位置しているのかも把握しておらぬ》
「なんだよ〜。じゃあ結局、行き当たりばったりかよ」
《待ち伏せが無かっただけ良かったと思え》
「まぁ、そこはママに感謝だな」
そのとき、前方の茂みがざわりと揺れた。
四つん這いの獣が姿を現す。
額に一本、ねじれた角を持つ猪に似た魔物だった。
「おっ、こいつは美味そうだな!」
セリアはクライゲラクを出現させ、一息のうちに間合いを詰める。
――ザシュッ。
閃いた炎の刃が、獣の首を断ち切った。
血が蒸気となって散り、瞬き一つの間に決着がつく。
「外の魔物はどんな味かな〜」
――ボッ。
手際よく角猪を解体し、炎を灯す。
赤い火が肉を照らし、じゅう、と音を立てて焼けていく。
香ばしい匂いが風に乗り、森の湿った空気の中に溶けていった。
「……うん、これこれ。外の空気には、こういう匂いが似合う」
《相変わらずだな。食欲だけは立派なものだ》
「だけ、ってなんだよ。見ただろ?この魔物なんて一瞬で倒したぞ?」
セリアは笑いながら肉を返す。
焼けた脂がぱちぱちと跳ね、炎がそのたび小さく揺れた。
「さぁ、そろそろ焼けたな!」
セリアは一気に肉にかぶりつく。
(……美味い!)
無言のまま、夢中で肉を頬張る。
(迷宮の魔物よりもずっと、肉汁が多いし味も濃い!)
《さっさと食い終われ。日が沈む前に森を抜けるぞ》
「はいはい。腹ごしらえくらい、待ってくれてもいいのにな」
セリアは口の端を拭い、空を見上げた。
木々の隙間から、西日が覗いていた。
「よしっ! 食べ終わったことだし、さっさと進みますか!」
言うが早いか、セリアは大きく跳躍した。
周囲の木々の中で最も高い木の天辺に着地し、森を見渡す。
「えっと……おっ! あっちの方になんか街っぽいのがあるぞ!」
《ふむ、ではそこに向かうぞ》
「了解! 腹も膨れたし、一気に抜ける!」
セリアは言い終えると同時に再び跳躍した。
木から木へ、枝から枝へ。
夕陽を背に、セリアの影が森の奥を縫うように街へ向け駆け抜けていく。




