表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/62

第二十話 封印の試練

《……待て》

セリアが封印の魔法陣へ向かうと、ラグルスが静かに告げた。


《昔、封印について説明したが覚えているか》


「えっと、なんだったっけ?」


《……奴、ウィアードが施した封印は、魂の封印だ。物理的に破壊するのは難しい》

《それこそ、そこにいるお前の『ママ』でもなければな》


「あのなぁ、ネスヴィラがママなら、相棒は『パパ』だぞ」


《……くだらぬことを言うな。兎に角、だ。圧倒的な力がない限りは、正攻法で突破するほかない》


「じゃあどうすればいいんだ?」


《魔法陣に触れれば、封印の術式が発動する。その時、お前に魂の試練が与えられる》


《試練を突破できなければ、お前の魂は封印に囚われ、肉体は迷宮を彷徨う亡霊となるだろう》


セリアは一瞬無言になる。洞窟の空気が重くなった気がした。

魔法陣の紫光が、鼓動に合わせてゆっくりと脈動している。


「……やってやるよ」


「がんばれ」

ネスヴィラが無表情に応援を送る。



「それじゃあ、行ってくるよ」


セリアが魔法陣に手を触れた瞬間、視界が白く弾けた。

光でも闇でもない何かが意識を飲み込み、重力が消えたように感覚が遠のいていく。


――音が、匂いが、消えていく。

――炎の気配さえ、なくなった。


________________________________________


――空。


灰色の雲が一面に広がり、太陽の姿はどこにもない。

それでも確かに、そこは空の下だった。

湿った風が頬を撫でる。


見上げると、無機質な人工の塔。いや、「ビル」が林立している。

耳に届くのは、人々の話し声、電子音、そして車の走る音。

視界の端をせわしなく歩く人々がすり抜けていく。

足元には黒い舗装路。

見覚えがあるようで、どこか夢の中の景色みたいに輪郭が曖昧だ。


「ここは……どこだ?」


呟いた声は、空気に溶けて消えた。

自分の声なのに、どこか違和感がある。


「あれ……? そういえば、何してたんだっけ?」


額に手を当てる。記憶を辿ろうとしても、意識の奥に白い靄がかかっている。

名前も、目的も、何も出てこない。


(……帰らなきゃ)


ふいに浮かんだ衝動に従い、足を動かす。


「えっと、地下鉄……」


呟きながら歩くと、見慣れた駅の入り口が現れる。

階段を降りる途中、鏡張りの壁にふと目が止まった。


自分の姿を確認しようとするが、もやがかかっていて見えない。

顔も、服も、性別すらも判然としない。


奇妙なことなのに、なぜか安心している自分がいた。


「……」


構内を進む途中、ふとラーメン屋の暖簾が目に入る。


(……お腹、空いたな)


気づけば、吸い寄せられるように店へ足を向けていた。

タッチパネルの注文画面を見つめる。何度もやってきたはずなのに、指が動かない。

記憶の奥に霞がかかっている。


(えっと……これ、だった、よな?)


数瞬ののち、なんとか注文を終える。


「お待たせしましたー!」


店員の声とともに、湯気の立つラーメンが差し出された。

香りだけで、胸の奥が懐かしく温かくなる。


「……いただきます」

小さく呟いて箸を取る。


(う、美味い!トカゲなんかより、ずっと!)


――トカゲ?


脳裏に浮かんだ言葉に、思考が一瞬止まる。


(なんで、トカゲなんて……)


違和感を覚えながらも、熱いスープの味がそれをかき消した。

あっという間に完食した。


(……こんなに美味しい食事、いつぶりだろう。いや、この前も食べた……?)


店を出て歩き出す。


「……なんなんだ今日は。頭がすっきりしないし、変なことばかり考える」


ふと、壁のポスターが目に入った。それは、ありふれた映画の広告。


だが、そこに描かれた背景――


燃え上がる「炎」から、目が離せなかった。

数十秒、いや、数分は立ち尽くしていただろうか。


(……なんで、炎なんか。なのに……なんで、こんなに安心する?)


ふと、頭の奥で何かが疼く。


「……火、が見たい」


口にした瞬間、自分でも意味がわからなかった。


(火なら――)


気づけば、掌を見つめていた。

手から火なんか出るわけないのに。


「……くそっ」


顔を振り、無理やりその考えを追い払う。


(早く帰ろう。今日は、変だ)


心がざわつく。頭では冷静なのに、心の奥で何かが軋んでいた。

自分は、おかしくなってしまったのだろうか。

苛立ちを紛らわせるように足早に歩く。

気づけば、地下鉄の改札口の前まで来ていた。


(さっさと乗ろう)


だが、足が動かない。

理由はわからない。ただ、この改札を通れば、もう戻れないと、全身が直感していた。


(……戻れない? なに考えてるんだ……!)


強引に足を動かそうとした、その瞬間――背筋が冷たくなった。

振り返るとそこには、さっきまでの整備された地下通路はもうなかった。

代わりに、薄暗く湿った岩肌の洞窟が、果てしなく続いていた。


「えっ……!?なんだよ、これ……!」


あり得ない光景。

だが、そのあり得なさに、なぜか懐かしさが混ざっていた。


(洞窟……? いや、こんな場所、知らない……はず、なのに……うっ!)


頭を突き抜ける痛み。視界に、見覚えのない戦いの光景が閃く。

剣槍。炎。誰かの、声。


「……なんだよ、これ!」


思わず叫ぶ。記憶とも幻ともつかぬ映像が押し寄せてくる。


(いいから、早く行かなきゃ!)


逃げるように、改札の方を向き直る。

(こっちに行けば、もう戦わなくていい……!安全な場所で、美味しいもの食べて、笑って……それでいいじゃないか!)


混ざり合う記憶と感情の渦の中で、震える足を一歩前に出した。

その瞬間、背後から懐かしい声がした。


《……逃げるのか》


「……逃げてる、わけじゃない。ただ、帰るだけ」


そう呟いた瞬間、目の前の改札の先に街が見えた。

灰色の空の下、温かい灯りの街並み。人々の笑い声、信号の光。

どれも懐かしく、心を撫でるように優しい。


(……懐かしい。なんでこんな……)


一歩、前に出る。しかし、足が改札の扉の前で止まる。


視界の向こう。そこには、夕飯の支度をしている誰か。

そして、自分の居場所がある気がした。


(行けば……もう、何も戦わなくていい。……飢えることも、ない)


静かな囁きが頭の奥で響く。

それは冷たい、けれどどこか優しい声だった。


《……行くのならば、それも選択だ。だが――その先に『お前』はいない》


「……そんなこと、ない」


唇を噛む。だが、心は揺れていた。

目の前に広がる「平穏な現実」と、背後にある「戦いの記憶」。


(早く向こうに行きたい。なのに――!)


気持ちは改札の向こうへ向かっている。けれど、足が動かない。


「なんなんだよ! 早く帰りたいはずなのに!」

「なんで、こんな洞窟なんかに……気持ちがいってるんだよ!」


苛立ち混じりの叫びが響く。

その直後、あの声が再び届いた。


《思い出せ――お前の炎を。手をかざして、集中しろ》


「くそっ……! やってやるよ!」

半ばやけになって、掌を改札に向けてかざした。


「……なんも出ないぞ!」


わかりきった結果。人間の手から火なんて出るはずがない。


《忘れたか。出せて当たり前だと信じろ》

《お前は炎の友。我がそう創った。火を生み操るのは、呼吸と同じことだ》


懐かしい言葉だった。ずっと昔から、何度も聞いた声。

その声に逆らう理由なんてなかった。

静かに目を閉じ、意識を掌に集中させる。


「……」


――パチッ


微かな火花が、掌の上で弾けた。


「……っ!」


目を見開く。

そこには、小さな炎が揺れていた。


「……できた、『ラグルス』!」


思わず名を呼ぶ。

その声に応えるように、炎がふっと強く燃え上がった。


次の瞬間――


世界が音を失った。歩いていた人々の姿が、ぴたりと静止する。

信号の光が歪み、空の灰色がねじれる。


炎が強まるほど、風景がゆっくりと溶けていく。

ビルの輪郭が液体のように崩れ、アスファルトが波打つ。

耳の奥で、ざわざわと何かが崩れる音がした。


《それでいい》

《お前は、誘惑に打ち勝った》

ラグルスの声が遠くで響いた。


掌の炎は、もはや小さな火ではなかった。

吹き上がるような光の渦がセリアを包み、世界そのものを照らし出す。


「……幻だったのか」


呟きが、光に溶けた。

街が崩れ、空が割れる。灰のような雲が砕け、暗い洞窟の天井が覗く。

炎は天へ伸び、改札も、通路も、足元さえも焼き尽くしていく。

光と熱が一体となり、全ての境界を壊していく。


(帰るんじゃない……戻るんだ、『わたし』に)


その想いが胸を貫いた瞬間、炎が弾ける。音も匂いも消え、世界が真白に染まった。

意識が光の中に沈んでいく。


次に感じたのは、洞窟の冷たい空気と微かな焦げた匂いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ