表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/61

第十八話 ママ

「嘘、だろ……?」


セリアは息を呑んだ。

背後に出現したネスヴィラ。だが、それは一体ではなかった。

闇の中から同じ姿の影が次々と浮かび上がり、数を増していく。


一人、また一人。

やがて数十体に及んだネスヴィラたちは、無言のまま左右に列を成し、整然と並び立った。

その中央には、ぽっかりと一本の道が開かれている。

――まるで、その間を誰かが通るための道のように。


《これは……予定外だな》


(流石にこの数は……)

セリアはクライゲラクを握る手に力を込めるが、あまりの重圧に膝がわずかに震えた。


そして――列の奥。


並んだネスヴィラたちの間を、何かがゆっくりと歩いてくる。

近づくたびに、空気が震え洞窟全体が軋む。

今までのネスヴィラをはるかに上回る存在の圧が、空間そのものをねじ曲げるように広がっていく。


やがて、その姿が光の狭間に現れる。

十代後半ほどの、美しい少女。


白い肌に長い黒髪。

瞳は深紅。光を映さず、静かな輝きがある。

そして頭の両側、こめかみのあたりから、黒い角が伸びている。

着ているのは黒と紫の衣。

周囲の影を吸い込みながら揺らめき、彼女の動きに合わせて静かに形を変える。


《……あれが、本体というわけか》

ラグルスの声に、かすかな驚きが混じる。


セリアは息を呑む。

少女――そう見える何か。

見た目の年齢と釣り合わない、圧倒的な存在の気配。

視界の端が歪み、音が遠のく。

世界の理そのものが、彼女の周囲で書き換わっているようだった。


「意外。こんなにあっさり分体が倒されるとは思わなかった」

淡々とした声が響く。

その声音は冷たく、それでいて心の奥をなぞるように柔らかかった。


セリアは無言でクライゲラクを構え直す。

「……お前が本体。本物の、魔人ネスヴィラってわけか」

少女は無表情のまま、ゆっくりと首を傾げた。

その仕草ひとつで、周囲の空気が震える。


(不知火は暫く使えない。しかも火之迦具土の反動で、炎の制御も不安定……)


《……勝ち目はない。全力で撤退だ》


「させてくれたら、だけどな」


セリアは左手に炎を灯し、煙炎羅を展開しようと構える。


その瞬間――。


「ママ」


「……は?」


耳に届いた声が、あまりに唐突で、セリアは動きを止めた。


「ネスヴィラ、じゃなくて、ママ」


「……どういう、意味だ?」


思わず問い返す。

少女はゆっくりと首を傾け、紅い瞳でセリアを見つめた。


「ワタシは、アナタの、ママ」


「!? なに言って――」

セリアは反射的に煙炎羅を叩きつけようと腕を振り上げる。

だが、ネスヴィラは一歩も動かず、ただ静かに言葉を続けた。


「待って。戦いは、もうおしまい。逃げなくても、いい」


その声音には殺意も怒気もない。ただただ平坦な声色。


「……どうする、相棒?」


《……判断が難しい。 だが、あの力で本気であれば、お前は既に死んでいる。会話の余地があるうちは、和解の可能性を捨てるべきではない》


セリアは眉をひそめたまま炎を下ろす。


「……決まりだな。でも、『ママ』ってのはどういうつもりだ?」


《我にも不明だ》


「そろそろ、いい?」

ネスヴィラが無表情に話しかける。


「あ、あぁ」


「ワタシはアナタを、褒めに来たの。……すごい子」


「……な、なぁ、できればわかるように説明してくれないか?あんたは、敵じゃない、ってことでいいんだな?」


「敵、じゃない。ママ」


「その『ママ』ってのはなんだよ。わたしは、あんたから生まれた覚えなんかないぞ?」


ネスヴィラは首を傾げる。

「そうなの? あなたの中にいる元神なら、わかると思ってた」


《……なんの話だ。我はお前がネスヴィラの本体であることは今知ったばかりだが――》


一瞬の沈黙。

《いや……そうか。もしや、そういうことか》


「そういうことって、どういうことだよ!?説明してくれ!」


《……お前を創るとき、我の力だけでは、十分な性能の肉体を構築できなかった。ゆえに利用したのだ――この迷宮に満ちる魔力を》


「そう」

ネスヴィラが静かに頷く。


「この迷宮は、すべてワタシの魔力でできている。ワタシそのもの。その魔力を使って生まれたアナタはワタシの娘。だから、ワタシはママ」


「はあ!?どういう理屈だよ、それ!」


「そういう、理屈」

悪びれもなく言い切るネスヴィラ。


「てか相棒も! そんなこと聞いてなかったぞ!」


《言う必要があったか? それを聞いたところでお前のことだ、特に気にもしないだろう》


「う~ん、まぁ、そうかも……」


そこで、はっと気づく。


「てことは前にあんたの分体が助けてくれたの、偶然じゃなかったってわけか」


「そう」

ネスヴィラはあっさり頷く。


「この迷宮の中の魔物は、すべてワタシの子。だから、いつもは平等に扱う。だから助けたりしない。でも、あの頑張りのあとに食べられるのは、可哀想だったから」


「……気まぐれかよ」


「そう。でも、その後もアナタは勝ち続けた。頑張って、強くなった。ワタシの分体を、大きな苦戦もなく倒せるほどに」


ネスヴィラはこれまでの無表情を、ほんの少しだけ崩して微笑んだ。

「だから、すごい子。えらい」


「ほんとに褒めに来ただけかよ……」


「そう。あと、報告。アナタには、外に出る資格がある。ワタシは分体を倒した子には、外出許可を出してる」


「外出許可?」


「門限も、ない」


「……あ、そう」

セリアは思わず口の端を引きつらせた。


「それなら、あとは封印だけだな」


「あの封印、ずっと邪魔だった。でも、魔法陣がかっこいいから壊さなかった」


「……理由、そこかよ」


「外に出るなら、壊してあげる」

魅力的な提案に、セリアは一瞬だけ頷きかけたがすぐに首を振った。


「いや……、いいよ、ネスヴィラ。わたしが、自分でやるさ。そうじゃないと、あいつ、ウィアードに勝てない気がする」


《お前はいつもいつも……、まぁ、好きにするがいい》


「――ママ」


「え?」


「ネスヴィラじゃなくて、ママ」

無表情のまま告げるその様子に、セリアは思わず苦笑した。


「……わ、わかったよ、ママ」

その言葉に、ネスヴィラはほんの少しだけ満足そうに微笑む。


「うん。……じゃあ、少しだけ」


ネスヴィラはわずかに目を細め、封印の魔法陣へと手をかざした。

彼女が封印の魔法陣に手をかざすと、

指先から流れた魔力が文様を走り、淡い紫の光が複雑に塗り替えられていく。


「これで、この封印を壊しても、気づかれない」


《やはり……封印の解除を察知できる方陣を組んでいたか》


「よし! それじゃあ行くか!」


《待て。お前はその状態で封印に挑む気か?》


ラグルスの声に、セリアは思わず動きを止めた。

先程の戦闘の余韻がまだ身体に残っている。腕も脚も重く、息も浅い。


「そういえば……結構、疲れてるかも」


《挑むなら万全を期すべきだ》


「……確かにな」


セリアは剣槍を軽く地面に突き立て、息を整える。

その様子を見ていたネスヴィラが、静かに口を開いた。


「それなら、ここで休んでく?」


「そうだな。お言葉に甘えようかな」


セリアは地面に腰を下ろし、背中を岩壁に預ける。

赤黒い岩肌がほのかに熱を帯び、天井の結晶が淡く脈打つように光っていた。

重く息を吐くと、ようやく心のざわめきが落ち着いていく。


「なぁ、ネ……ママ、ちょっと聞いていいか?」


「なにを?」


「あんたのこと」


ネスヴィラは表情を変えず、深紅の瞳を細めた。


「少しだけ。ご褒美」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ