第9話 反撃の一手と、最初の拠点
「……次は、こっちから行く」
黒瀬悠真は、静かに呟いた。
スマホの画面には、新たに更新された条件。
《上位領域へのアクセス条件》
・資産規模:10億以上
・影響力:中以上
・複合職業レベル:一定以上
「……なるほどな」
単純だ。
金だけじゃ足りない。
“影響力”が必要。
(つまり……現実だ)
これまでの戦いは、画面の中。
だが、ここからは違う。
「……動かすか」
椅子に深く座りながら、目を閉じる。
考える。
どうすれば最短で影響力を手に入れられるか。
(会社……いや)
まだ早い。
今の自分では、大きすぎる。
「……小さく、速く、確実に」
結論は出た。
自分の拠点を持つ。
そこから広げる。
スマホを操作する。
《職業変更》
選択。
【企業交渉者 Lv1】
《転職しますか?》
YES。
《転職完了》
《現在の職業:企業交渉者 Lv1》
その瞬間――
「……っ!」
感覚が変わる。
言葉。
視線。
間。
人との“距離感”が、はっきり分かる。
「……使えるな」
すぐに理解する。
これは、交渉のための力。
現実で使うための職業。
「……行くか」
黒瀬は立ち上がる。
向かう先は――不動産会社。
◇
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、すぐに声がかかる。
営業マン。
笑顔。
だが――
(……焦ってるな)
一瞬で分かる。
売りたい。
数字が欲しい。
そんな感情が透けて見える。
「事務所を探している」
黒瀬は、端的に言った。
「はい! ご予算やご希望は――」
「条件は一つ」
言葉を遮る。
営業マンの目が、一瞬だけ揺れる。
「即決できる物件」
「……え?」
予想外だったのか、一瞬止まる。
だが、すぐに切り替える。
「それでしたら――」
いくつかの物件資料が出される。
黒瀬は、ざっと目を通す。
(……これだな)
一つ、目に止まる。
立地はそこそこ。
だが、条件がいい。
「これにする」
「えっ、もうですか!?」
営業マンが驚く。
当然だ。
普通は、もっと悩む。
だが――
(もう見えてる)
この物件が、最適だと。
「条件は?」
冷静に聞く。
営業マンが説明を始める。
だが、その途中で――
「そこ、削れるだろ」
「……っ!?」
言葉が止まる。
図星。
「……え、えっと……」
「保証金も、もう少し落とせる」
淡々と続ける。
相手の心理。
限界ライン。
すべてが“見える”。
「……少々お待ちください!」
営業マンは慌てて奥へ消える。
数分後。
「こちらの条件で……!」
提示された内容は、明らかに改善されていた。
「……いいだろ」
即答。
契約成立。
◇
数時間後。
黒瀬は、新しく借りた小さな事務所に立っていた。
まだ何もない空間。
だが――
「……ここが、最初の拠点か」
静かに呟く。
ただの部屋。
だが、自分の場所。
(ここから広げる)
スマホを取り出す。
《拠点登録》
「……そんなのもあるのか」
タップ。
《拠点:登録完了》
《影響力:微 → 小》
「……上がるのか」
思わず笑う。
これで条件の一つはクリアに近づいた。
そのとき――
スマホが、震えた。
《通知》
送り主:UNKNOWN
「……またか」
開く。
『動き始めたな』
短い一文。
だが、その裏にある意味は重い。
「……見てるのかよ」
小さく呟く。
だが、恐怖はない。
むしろ――
「……ちょうどいい」
打ち込む。
『今度は、こっちから行く』
送信。
数秒後。
返信。
『楽しみにしている』
それだけだった。
だが――
その一文で十分だった。
これはもう、完全な対等の戦い。
逃げ場はない。
黒瀬悠真は、事務所の中央に立ち、静かに笑った。
「……全部、奪い返す」
金も。
地位も。
そして――
自分を潰した“世界”そのものを。
その目には、確かな覚悟が宿っていた。




