第5話 初めての億と、現実への侵食
「……桁が違うな」
黒瀬悠真は、スマホの画面を見つめながら呟いた。
現在の職業――資産運用者。
その力は、明らかに今までとは別次元だった。
チャートは、もはや“予測するもの”じゃない。
(流れが見える)
資金がどこから入り、どこへ抜けるのか。
誰が仕掛けて、誰が狩られるのか。
すべてが、一本の線として繋がる。
「……ここで仕掛けてるな」
あるポイント。
大口が、静かにポジションを積んでいる。
表には出ていない。
だが、分かる。
「……乗るか」
迷いはなかった。
今までなら“賭け”だった。
だが今は違う。
(これは……確信だ)
ロング。
資金のほぼ全てを投入。
数秒。
静寂。
そして――
「……来た」
一気に動く。
爆発的な上昇。
まるで、合図でもあったかのように。
後から、大量の資金が流れ込んでくる。
「……やっぱりな」
冷静に画面を見つめる。
心は、驚くほど落ち着いていた。
含み益が増える。
数十万。
数百万。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
桁が、さらに跳ね上がる。
(億……?)
ありえない。
だが、画面に表示されている数字は現実だ。
「……まだだ」
深く息を吐く。
ここで欲を出せば、終わる。
「……ここ」
指を動かす。
利確。
その瞬間。
チャートが、崩れた。
「……正解か」
静かに呟く。
もし一瞬でも遅れていたら。
利益は吹き飛んでいた。
画面に残る数字。
――一億二千万円。
「……はは……」
乾いた笑いが漏れる。
一日。
たったそれだけで。
人生が、完全に変わる金額。
(ここまで来たか……)
ベッドに座り込みながら、天井を見上げる。
現実感がない。
だが――
「……現実だ」
手の中のスマホが、それを証明している。
《経験値を獲得しました》
《資産運用者 Lv1 → Lv5》
「……一気にかよ」
思わず苦笑する。
レベルの上昇と同時に、また視界がクリアになる。
さらに“見える”。
より深く。
より正確に。
そのとき――
ふと、思う。
(これ……このままでいいのか?)
今は、ただの数字。
画面の中の金。
だが――
「……動かせるよな」
現実に。
銀行口座。
法人。
投資。
会社。
選択肢が、頭の中に浮かぶ。
「……そろそろ、外に出るか」
呟く。
部屋にこもっているだけでは、限界がある。
この力を、現実に落とし込む。
その必要がある。
翌日。
黒瀬は、久しぶりに外に出た。
スーツではない。
だが、どこか空気が違う。
(……視線が変わったな)
すれ違う人間。
その動き。
無意識に、“分析”してしまう。
資産運用者の視点。
人間すら、“資源”として見えてしまう。
「……便利だけど、やばいな」
苦笑する。
だが、それが今の自分だ。
向かった先は――銀行。
自動ドアが開く。
中に入った瞬間。
「……っ?」
違和感。
空気が、わずかに重い。
視線を感じる。
一人の男。
ロビーの奥、ソファに座っている。
スーツ姿。
年齢は三十代後半くらいか。
整った顔立ち。
だが――
(普通じゃない)
一瞬で分かる。
この男は、ただの人間じゃない。
「……」
視線が合う。
その瞬間。
男が、わずかに笑った。
意味深な笑み。
まるで――
(知ってるのか……俺のこと)
心臓が、強く鳴る。
だが、黒瀬は目を逸らさなかった。
そのまま、歩く。
受付へ向かう。
だが――
「黒瀬様、ですね」
声をかけられた。
「……は?」
振り返る。
さっきの男だった。
いつの間にか、すぐ後ろに立っている。
「少し、お時間よろしいでしょうか」
丁寧な口調。
だが、その奥にあるものは――
圧。
「……誰だ」
低く問う。
男は、軽く笑った。
「そうですね……」
一歩、距離を詰める。
そして、小さく囁いた。
「“同じ側の人間”とでも言っておきましょうか」
「……!」
背筋に、電流が走る。
やはり――
「……お前もか」
男は、否定しなかった。
ただ、微笑むだけ。
「詳しい話は、場所を変えましょう」
そう言って、背を向ける。
まるで、ついてくるのが当然のように。
「……」
黒瀬は、一瞬だけ迷う。
だが――
(逃げる理由はない)
むしろ。
ここからが、本番だ。
「……いいだろ」
小さく呟き、男の後を追う。
銀行の外。
光の中へ。
その先にあるのは――
新たなステージ。
そして。
黒幕へと繋がる、扉だった。




