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剣士転生-たった一つの基礎魔法で世界を両断する-  作者: きゃみちゃま


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第81話 千年越しの夜明け

ズズズズズ……ッ!!


重々しい地鳴りと共に、世界樹の根元を塞いでいた大扉がゆっくりと開かれた。

エルフの辺境村『エルトラ』の広場で待機していた長老や精鋭の戦士たちは、固唾を呑んでその暗闇を見つめていた。数日前に彼らを見送ってから、森の様子は劇的に変化していたのだ。常に世界樹の根元から漏れ出していた重苦しい呪いの瘴気が完全に消え去り、代わりに、エルフの長き歴史上誰も経験したことがないほど清浄で、圧倒的な密度の星のマナが村全体を包み込んでいた。


「……出たぞ!」

見張りのエルフが、弾かれたように叫んだ。


朝日が差し込む大扉の向こうから、四人の人間と、宙に浮く一人の小さな魔族が姿を現した。

満身創痍の死闘を終えたはずの彼らの足取りは、驚くほど軽やかだった。先頭を歩くルシアの純白の剣は、迷宮の呪いを吸い尽くして清らかな光を帯びており、その後ろではマイヤが自分より大きな巨大包丁を肩に担ぎ、テオがツヤツヤになった漆黒のスライム『アマル』を抱えて笑い合っている。フォニアは相変わらず退屈そうに欠伸をしながら、マイヤの背中をつついていた。


そして何より、エルフたちの目を釘付けにしたのは――最後尾を歩くステラだった。


「おお……なんという事だ……!」

エルトラの長老が、震える手で杖を取り落とし、その場に崩れ落ちるように膝をついた。


ステラが歩くたびに、彼女の周囲の空間に淡い虹色の光の粒子が舞い、枯れかけていた広場の草花が一斉に蕾を開き、鮮やかな花を咲かせていく。彼女はただそこに存在し、呼吸をしているだけで、森の環境そのものを「楽園」へと作り変えてしまっていた。

かつて、自らの内に眠る全属性の莫大な魔力に怯え、出力を絞って俯いていた少女の面影はどこにもない。その瞳には、星の記憶と膨大な魔力を完全に統括する【星霊魔法アストラル・アーツ】の使い手としての、静謐で揺るぎない自信が宿っていた。


「長老さん。待たせたな」

ルシアが長老の前に立ち、ニッと笑って手を差し伸べた。

「あんたらの先祖が残した千年の呪いは、全部ステラが綺麗に浄化してくれたぜ。生きた迷宮ダンジョンなんてのはもうおしまいだ。これからは、ただの自然豊かな地下洞窟として使ってくれ」


「ルシア殿……ステラ殿……! ああ、世界樹よ……!」

長老はルシアの手を取り、とめどなく大粒の涙を流した。周囲のエルフたちも次々と平伏し、彼らを森の救世主として深く、深く拝命した。


「や、やめてください長老さん! 私たち、ただ自分のために強くなりたかっただけですから! 頭を上げてください!」

ステラが慌ててエルフたちを立たせようとするが、彼らの感謝の念は止まらない。


「ところでマイヤ殿」

長老が涙を拭い、不思議そうに尋ねた。

「ステラ殿が祭壇の試練を越え、完璧な器を完成させられたのは一目で分かりました。しかし、貴女が求めていた『世界樹の朝露』は……? もしや、すでにその水筒の中に収められているのですかな?」


長老の問いに、マイヤは豪快に笑い飛ばした。

「ハッ! 冗談じゃない。あんな致死量のエネルギーの塊、今のアタシの包丁と火力じゃ、皮一枚傷つけることもできなかったよ。……完全な敗北だね」


「敗北……? では、諦めたと?」

「誰が諦めるって言った?」

マイヤの黄金の瞳が、ギラリと野心に満ちた肉食獣の光を放つ。


「モノが良すぎただけさ。アタシがもっと腕を上げて、星の質量にも絶対に折れない神話級の包丁と、星すら煮やがす業火を手に入れたら、必ずここに戻ってきてあいつを極上のスープにしてやる。……あの朝露は、アタシの未来の『予約済みの食材』だ。誰にも渡さないよ」


マイヤの料理人としての果てしない執念と、神の領域すら「食材」と言い切る矜持に、長老は言葉を失い、やがて深く感服したように頷いた。


その夜。

エルトラ村では、千年越しの呪いの解放を祝う、歴史的な大宴会が催された。

清浄なマナの影響で一気に実った森の果実や、最高級の霊獣の肉が次々と運び込まれ、マイヤはエルフの厨房を完全に占拠して腕を振るった。


「ほれ、エルフども! アタシの特製『霊峰鹿の香草ロースト・世界樹の恵み添え』だ! 呪いが晴れて肉質が最高になってる。食って食って食いまくれ!」

「美味い……! なんだこの深い味わいは! 涙が出る……!」

エルフたちがマイヤの料理に舌鼓を打ち、宴の熱気は最高潮に達していた。


ステラは広場の中央で、子供のエルフたちに囲まれていた。

「お姉ちゃん、魔法見せて!」という無邪気な声に応え、ステラは指先を軽く弾いた。

シュルルルッ! と、赤、青、緑、黄の四色の炎が空高く舞い上がり、夜空で弾けて虹色の花火となった。かつてなら威力を恐れて絶対にできなかった芸当だ。今は、莫大な出力を保ったまま、ミリ単位の精密さで魔力を制御できる。彼女の横顔は、心からの喜びに満ちていた。


ルシアは広場の隅の大樹に寄りかかり、その光景を静かに見つめながら、自身の右腕を握りしめていた。

(力任せの圧縮じゃない。魔力を循環させ、剣に斬らせる……。王都での絶望を越えるための、俺だけの剣術だ)


ルシアの脳裏に、王都での凄惨な光景がフラッシュバックする。

無理やり悪魔の力を注ぎ込まれ、人の形を失った異形と化した兄。しかし、悪魔の強大すぎる力に人間の肉体が耐えきれるはずもなく、兄は苦悶の叫びを上げながら、ルシアの目の前でボロボロに崩壊し、塵となって消え去ってしまった。


(兄貴をあんな姿に変え、使い捨ての駒として弄んだ魔族どもを……俺は絶対に許さない)

復讐を誓い、二度と大切なものを奪われないために求めた力は、この苛烈な迷宮での死闘を経て、確かにルシアの肉体に根付いていた。


「……で? チビっ子魔王。お前、さっきからずっと南東の方角を気にしてるな」

ルシアが不意に視線を落とすと、そこにはいつの間にかフォニアが立っていた。彼女は両手に抱えた骨付き肉を齧るのも忘れ、赤い瞳を細めて遠くの空を睨んでいた。


「気付いておったか。……うむ。迷宮の底で千年分の呪いが晴れたせいでのう、今までノイズで隠れていた『嫌な臭い』がハッキリと分かるようになったのじゃ」


「魔族か」

「そうじゃ。千年前の我輩の妹、リフィアの気配ではない。だが、極めて高密度で、組織立った魔力の淀みが、南東の彼方――大陸の果ての『海』に集結しつつある。おそらく、最近になって復活したという『魔王』の配下どもの拠点か、あるいは何か大規模な企みの準備じゃろうな」


「南東の海……」

ルシアの呟きを耳ざとく聞きつけたテオが、アマルを抱えたままタタタッと駆け寄ってきた。

「ルシアくん! 南東の海って言ったら、もしかして『海淵の熱脈アビス・ヴェイン』じゃないか!?」


「アビス・ヴェイン?」

「うん! 機巧技師メカニックの古い文献に載ってたんだ。ずっと昔、そこには巨大な山脈があったんだけど、千年前の地殻変動で海に沈んじゃった場所でね。……沈んだ後も大地の熱脈が暴走し続けていて、今じゃ『常に沸騰している灼熱の海』になってるらしいんだ」

テオは興奮した様子で身振りを交えて説明を続ける。

「そして、その深海――想像を絶する水圧の底には、星のマグマを直接噴き出している超高圧の海底火山、『神炎の炉』があるって言われてるんだ!」


「沸騰する海に、超高圧の海底火山だと……?」

その会話を聞きつけたマイヤが、料理の手を止めてニヤリと笑いながら近づいてきた。

「水圧で極限まで圧縮された空間に、星のマグマが直接流れ込む炉……ハッ、最高じゃないか。それってつまり、星が作り出したバカでかい『圧力鍋』ってことだろ?」


マイヤが巨大包丁をドンッ!と地面に突き立てた。

「アタシの『絶対に折れない神話級の包丁』を鍛えるには、中途半端な炉じゃダメだ。その海底火山のマグマと、深海の異常な水圧で、鉄を極限まで圧縮・調理して打ち上げる。……上等だ、新しい包丁のキッチンはそこに決まりだね!」


「でもマイヤさん、相手は魔族の軍団だぜ?」

ルシアが笑いながら言うと、マイヤは鼻で笑った。

「あいつらが神炎の炉を占拠してるってんなら、まとめてぶっ飛ばして、アタシの調理場から追い出すだけさ」


「同感だ。王都での借りを返しに行く時が来た」

ルシアが純白の剣の柄を握り、瞳に冷たい怒りの炎を宿して力強く頷いた。兄を弄んだ魔族の手がかりが、その深海の基地にあるかもしれない。


だが、テオが青ざめた顔で手を挙げた。

「ま、待ってよ二人とも! そもそも僕たち人間は深海なんて行けないよ! 沸騰してるお湯の中だし、息もできないし凄い水圧でペチャンコになっちゃう!」


その言葉に、宴の席から近づいてきた長老が、長い髭を撫でながら口を開いた。

「ふむ……それならば、我々エルフの宝物庫にある『蒼海銀そうかいぎん』を持っていきなさい。かつて水の精霊が遺したとされる、熱を完全に遮断し、どれほどの水圧をも逃がす古代の霊金属です。森を救っていただいたお礼には些細なものですが……」


「本当!? ありがとう長老さん!」

テオの顔がパァッと明るくなった。

「それとアマルの変形機構を組み合わせれば、絶対に潰れない『深海用の潜水機巧カプセル』を作れるよ! 大動脈を落ちた時みたいに、僕がアマルでみんなを海底まで送り届けてみせる!」


「頼もしいねぇ、機巧の天才」

マイヤがテオの頭をガシガシと撫で回す。


「テオくんが運転に集中するなら、私がカプセルの護衛をするね」

ステラが杖を手に取り、頼もしく微笑んだ。

「海の中なら私の水魔法も相性がいいし、邪魔な海獣や魔族が来たら、全部まとめて吹き飛ばしてあげるから!」


機巧技師であるテオの技術、エルフの遺産、そして覚醒したステラの圧倒的な火力。これなら、人間には不可能とされる深海への到達も現実のものとなる。


マイヤの料理人としての究極の包丁作り。

ルシアの、兄の無念を晴らすための復讐と魔族の動向調査。

そして、それぞれの新たな力を試す、未知なる深海への挑戦。


すべての道標が、ピタリと一つの方角――南東の『沸騰海域』を指し示した。


翌朝。

朝露に濡れる緑が眩しいエルトラの村外れ。

長老をはじめとする村中のエルフたちが見守る中、四人と一匹の小さな魔族は、新たな旅立ちの時を迎えていた。


「ルシア殿、皆様方。どうかご無事で。エルフ族は永遠に、貴方たちの味方です。いつでもこの村へ帰ってきてください」

長老が深々と頭を下げる。

「ありがとう、長老さん! いつか必ず、マイヤさんの究極のスープをご馳走しに戻ってきますから!」

ステラが元気に手を振り返す。


「よし、野郎ども! 次なるキッチンと、魔族のドタマをカチ割るために、出発だ!」

マイヤの豪快な号令と共に、一行は南東の彼方、誰も生きては近づけないという『沸騰海域アビス・ヴェイン』を目指して力強く歩き出した。


千年の呪いを解き放ち、最強の魔法と新たな剣術、そして果てしない未来への誓いを手に入れた彼らの背中を、清浄な森の風がいつまでも優しく後押ししていた。

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