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剣士転生-たった一つの基礎魔法で世界を両断する-  作者: きゃみちゃま


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第73話 深淵の猛攻

世界樹の大扉が重々しい地鳴りと共に閉ざされた瞬間、外界の光は完全に遮断された。

俺たちが足を踏み入れたのは、世界樹の根が複雑に絡み合って形成された地下空洞――『深淵迷宮』の第一階層。

しかし、そこは「神聖な森の地下」という言葉から連想されるような美しい場所では断じてなかった。


「……ッ、なんだこの臭いは……! 肺の中がドロドロに溶けそうだ」

マイヤが顔をしかめ、即座に防毒の布を口元に巻いた。

むせ返るような高濃度の魔力。それに混じって、泥が腐ったような、あるいは血が煮詰まったような強烈な「呪い」の悪臭が充満している。壁面を覆う巨大な木の根には、黒いヘドロのような淀みが脈を打ちながらこびりついていた。


「フォニアの言った通りだ。ここは星が吸い上げた『千年前の呪いの浄化槽』……空気が重すぎて、立っているだけで体力が削られる」

俺はエルフから受け取った『漆黒の小手』をはめた両手を握り込み、警戒を強めた。


『ピギィィッ……』

先頭を歩くテオの腕の中で、精霊銀ミスリルのコーティングを施されたアマルが、周囲の異常な魔力濃度に怯えるように小さく鳴いた。コーティングがなければ、この空間に入った瞬間に内部ギアが焼き切れていたはずだ。


「……来るぞ。お出迎えじゃ」

最後尾で両手を頭の後ろで組み、遠足にでも来たかのような軽い足取りで歩いていたフォニアが、ふと足を止めて薄暗い前方の通路を顎でしゃくった。


ズズズズズ……ッ!!

壁面を這う巨大な根の隙間から、ドス黒い瘴気が間欠泉のように噴き出す。

その瘴気が泥のように固まり、次々と『異形』を形成し始めた。

四つん這いの獣の骨格に、腐った木材とタールのような肉体が絡みついた古代の植物魔獣【呪根の猟犬カース・ハウンド】の群れ。その数、ざっと三十体以上。


「行くぞッ!」

俺は深く息を吸い込み、丹田から練り上げた魔力を両脚と両腕の筋肉へ向かって極限まで高密度に『圧縮』した。

ギリリッ! と筋繊維が鋼のワイヤーのように引き締まり、エルフの小手が余剰魔力を吸着して淡く発光する。


「ルシアくん、私も……ッ! 『爆炎のフレイム・ランス』!!」

ステラが杖を振り被り、魔獣の群れに向かって炎の魔法を放つ。

しかし。


ジュゥゥゥッ……!

普段なら大岩すら粉砕するステラの炎が、魔獣の群れに到達する直前、空間に充満する高濃度の瘴気に絡め取られ、ただの煙となって虚しく掻き消されてしまった。


「嘘……! 私の魔法が、届く前に消滅した……!?」

「驚いてる暇はねぇぞステラ! 奴らは並の魔物じゃない!」

マイヤが大跳躍し、巨大包丁で先頭の一体を叩き斬るが、タール状の肉体がすぐに傷口を塞ごうと蠢き始める。


「邪魔だッ!!」

俺は両脚に圧縮した魔力を爆発させて地面を蹴り、群れのド真ん中へ突貫。腰の純白の剣を抜刀し、異常な重力と密度を誇る刀身を、力任せに水平に薙ぎ払った。


パァァァァァァァンッ!!!!!

『概念を断ち割る光の刃』が空間ごと魔獣たちを両断し、十体以上の猟犬が一瞬で消し飛ぶ。

だが、剣を振り抜いた直後、俺の両腕の筋肉がミシミシと悲鳴を上げた。小手の補正があってもなお、この剣の異常な密度と俺の「魔力圧縮」の反動は、肉体へ凄まじい負荷を強要する。


「ハァッ……ハァッ……!」

息をつく暇もなかった。

消し飛ばした魔獣の残骸が地面のヘドロに溶けたかと思うと、壁の根から新たな瘴気が噴き出し、全く同じ魔獣が瞬く間に二十体、三十体と『再構築』されていく。


「無限湧きかよ……ッ!」

俺は奥歯を噛み砕きそうなほど食いしばり、再び両腕に魔力を限界まで圧縮し、純白の剣を振り下ろした。

パァァンッ! と再び群れを両断するが、すぐにまた湧き出してくる。

三度、四度、五度。

剣を振るうたびに俺の呼吸は荒くなり、腕の毛細血管が限界を迎えて血が滲み始めた。


「……おいおい。馬鹿なのか、お主は」

剣戟の嵐の中。

フォニアが呆れたような声で、宙に浮かびながら俺の頭上から見下ろしていた。彼女は俺たちの死闘をどこ吹く風と、マイヤの荷物からくすねた乾燥果実をポリポリと齧っている。


「10の力で倒せる羽虫の群れに、毎回100の力を叩き込んでどうする。そんな力任せの真似、あと十回も振ればお主の腕の肉が弾け飛んで骨だけになるぞ?」

「なら……どうしろって言うんだ……! こいつら、一撃で消し飛ばさないとすぐに再生しやがる!」

俺が荒い息を吐きながら叫ぶと、フォニアはやれやれと首を振った。


「ここは『呪いの浄化槽』じゃ。床も壁も空気も、すべてが敵のテリトリー。無限に再生する泥の海で、一滴ずつ水をすくい出すような真似は愚の骨頂じゃよ」

フォニアは小さな指を一本立て、俺の純白の剣を指差した。


「お主、その剣の『重さ』を自分の筋力と魔力圧縮だけで強引にねじ伏せようとしておるじゃろ。……違う。魔力を『せき止めて爆発』させるのではない。剣の重さに逆らわず、自らの魔力を『川の流れ』のように循環させ、刃の軌道にただ【添える】のじゃ。……力で斬るな。剣に斬らせろ」


「剣に……斬らせる……?」

俺は迫り来る猟犬の顎を紙一重で躱しながら、フォニアの言葉を頭の中で反芻した。

今までの俺の戦い方は、強大な敵を一撃で粉砕するための『過剰出力オーバーキル』に頼り切っていた。王都での絶望を払拭するために、とにかく強い力を求めたからだ。

だが、このダンジョンのように「尽きることのない殺意」が波状攻撃を仕掛けてくる極限環境では、その燃費の悪い戦い方は文字通り『自殺行為』に他ならない。


「……やってみるッ!」

俺は、限界までパンプアップさせていた両腕の魔力圧縮を、あえて「解いた」。


「ルシアくん!? 魔力強化を解いたら、その重い剣に腕を持っていかれちゃうよ!」

テオが悲鳴を上げるが、俺は構わず純白の剣を上段に構えた。

ズンッ……! と、腕の骨が外れそうなほどの猛烈な重力がのしかかる。俺はそれに逆らわず、剣の「落ちようとする重力」に身を任せ、自身の魔力を腕に留めるのではなく、背中から肩、腕、そして剣の切っ先へと、滑らかな『円』を描くように循環させようと試みる。


だが――。


「グルァァァァッ!!」

死角から猟犬の一体が、ステラに向かって跳躍した。


(ステラッ!!)

仲間が殺されるかもしれないという極限の焦り。王都での絶望のトラウマ。それが、俺の身体の奥底にこびりついた『力任せの制圧』という悪癖を無意識に呼び覚ました。

循環させようとしていた繊細な魔力操作が途切れ、咄嗟に右腕の筋肉へと強引に魔力を圧縮し直してしまう。


「ガッ……!?」

中途半端な魔力操作と、純白の剣の異常な重力。二つの力が腕の中で反発し合い、右肩の関節が「ゴキリ」と嫌な音を立てた。

「ぐぅううッ!?」

狙いは大きく外れ、剣は猟犬を斬り裂く代わりに、硬い世界樹の根に深々と突き刺さってしまった。

隙だらけになった俺の左肩を別の猟犬の牙が掠め、鮮血が舞う。


「ルシアくん!!」

「ルシア! バカ野郎、何してんだ!」

マイヤが咄嗟に巨大包丁を投げつけ、俺に群がろうとした猟犬を叩き潰した。


「ハァッ……ハァッ……くそっ……!」

俺は激痛の走る右腕で必死に剣を引き抜きながら、己の未熟さに歯噛みした。

頭で理解したからといって、身体がすぐに反応するわけがない。生死の境を彷徨う極限状態では、どうしても今まで頼り切っていた「力任せの圧縮」に逃げてしまう。長年染み付いた癖を抜くというのは、並大抵の意志でできることではないのだ。


「……道は長そうじゃな」

フォニアが宙に浮いたまま、呆れたようにため息をついた。

「ああ……一朝一夕には、いかないみたいだ……!」


俺は再び迫り来る魔獣に対し、無理な循環を諦め、今は生き残るために泥臭く剣を振り回した。だが、頭の片隅では常に「循環」のイメージを模索し続ける。血を流し、息を切らしながら、この無限の消耗戦の中で少しずつ削り出していくしかない。


その背後で。

ステラもまた、自分の震える両手を見つめ、血の滲むような焦燥感と戦っていた。


(ルシアくんは、あんなに傷だらけになりながら、極限の戦いの中でまた一つ強くなろうとしてる……。なのに、私は)

彼女の通常の炎や氷の魔法は、ダンジョンの異常な瘴気に押し潰され、魔獣に届くことすらない。


「ステラ殿! 焦ってはいけません!」

アマルを構えて防御に徹するテオが叫んだ。

「この空間の魔力濃度が高すぎるんだ! 薄い水鉄砲じゃ、激流には逆らえない! ステラ殿の魔力をもっと『鋭く』しないと!」


「鋭く……」

ステラは深く目を閉じ、周囲のむせ返るような瘴気の中に、わずかに混じっている「世界樹の本来の清浄な魔力」を感じ取ろうと集中した。

ルシアが「圧縮」から「循環」へとシフトしようともがいているのなら、私は逆だ。

拡散してしまう魔法を、一本の針のように極限まで『圧縮』し、瘴気を貫通する密度に高めなければならない。


(……もっと。私の魔力を、もっと深く、強く……っ!)

ステラが杖を両手で握りしめ、魔力回路に強烈な負荷をかけ始めたその時。


ゴゴゴゴゴォォォォォォンッ!!!!!


突然、俺たちが立っていた第一階層の地面――世界樹の巨大な根が、生き物のように大きくうねり、激しい地震を引き起こした。


「な、なんだ!?」

俺が体勢を崩した瞬間、足元の根が左右にパカッと割れ、底なしの暗黒の「縦穴」が口を開けた。


「ルシアッ!!」

「きゃあああああっ!!」

俺と、魔力集中で無防備になっていたステラの足場が崩落する。


「ルシア! ステラ!」

マイヤが咄嗟に手を伸ばすが、わずかに届かない。


(迷宮が……生きて、俺たちを排除しようと地形を変えた……!?)

俺は落下しながら、とっさにステラの身体を強く抱き寄せた。


「うわあああああああッ!!」


頭上では、マイヤとテオ、そしてフォニアの姿が、閉ざされていく根の隙間の向こうへと急速に遠ざかっていく。

「ルシア! ステラ! 絶対に死ぬんじゃないぞ!!」

マイヤの叫び声が、暗闇の奥底へと吸い込まれて消えた。


千年の呪いが渦巻く深淵迷宮。

その恐るべき防衛機構は、俺たちに一息つく隙すら与えず、パーティを無情にも「分断」した。

俺とステラは、底知れない暗黒の奈落へと、二人きりで真っ逆さまに落ちていった。

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