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剣士転生-たった一つの基礎魔法で世界を両断する-  作者: きゃみちゃま


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第71話 世界樹の深淵迷宮

エルフの辺境村『エルトラ』の朝は、ひどく気まずい空気と共に幕を開けた。


「ふぁぁ……よく寝たのじゃ。おい人間、昨日の黒いタレの肉、まだ余っておらんか? 朝からあれを平らげる胃袋の準備はできておるぞ」

村で最も豪華な客室(本来は精霊の使いを歓待するための部屋)のふかふかのベッドから這い出た小悪魔フォニアが、目を擦りながらマイヤの背中をつついた。

その周囲では、武装したエルフの精鋭たちが「千年前の大悪魔に粗相があってはならない」と、冷や汗を滝のように流しながら直立不動で待機している。


「朝からあんな重いモン食えるか! 今日はオウカの街で買った果実と、エルフどもから巻き上げた……いや、提供してもらった霊水を使った特製スープだ。大人しく座って待ってな!」

マイヤが巨大な鍋をお玉でかき混ぜると、部屋中に清涼感と深いコクが混ざり合った極上の香りが漂い、フォニアは「おおおっ!」と目を輝かせてテーブルに大人しく着席した。


昨日の絶望的な防衛戦が嘘のような、平和すぎる朝の光景。

俺は全身の筋肉痛に顔をしかめながら、ステラやテオと共にその食卓を囲んだ。そして、部屋の隅で居心地悪そうに縮こまっているエルフの長老へ視線を向けた。


「……さて、長老さん。昨日は色々あってすっ飛んじまったが、俺たちがこの村に来た本来の目的について、そろそろ話をさせてもらいたいんだが」

俺が切り出すと、長老はビクッと肩を震わせ、深々と頭を下げた。


「は、はい……! 我らエルフの千年に及ぶ過ちを暴き、あまつさえ(不完全とはいえ)災禍の魔女殿の怒りを鎮めてくださった貴方様方は、このエルトラの……いや、全エルフ族の大恩人! なんなりとお申し付けくだされ!」


長老の態度は、昨日の「よそ者を射殺そうとしていた冷酷なエルフ」から百八十度反転し、完全に平身低頭モードだった。無理もない。もしフォニアが機嫌を損ねて「やっぱり村を焼く」と言い出せば、一割の力でもこの村は消し飛ぶのだから。


「俺たちがここへ来た目的は二つある」

俺はスープを一口飲み、その五臓六腑に染み渡る美味さに息を吐いてから、長老を真っ直ぐに見据えた。


「一つは、ステラの魔法の強化だ」

俺の言葉に、隣に座っていたステラがハッと顔を上げ、自身の樫の杖を強く握りしめた。


「ステラは優秀な魔法使いだ。だが、俺たちの敵である魔族の理不尽な力に対抗するには、今のままじゃ火力が足りないし、何より魔力回路の冷却(オーバーヒート対策)が追いついていない。昨日の防衛戦でも、ステラが限界を超えて冷却魔法をかけ続けたから、テオのアマルはなんとか保った。……ステラには、もっと高位の精霊魔法や、魔力そのものの質を変える『エルフの秘術』が必要なんだ」


俺が言うと、ステラは俯き加減で、しかし力強く頷いた。

「……ルシアくんは、あの重い純白の剣を振るうために、自分の血管が切れるほど魔力を圧縮して戦ってる。テオくんも、アマルの出力を維持するために命を削ってる。マイヤさんは、料理で私たちを全回復させてくれる……。私だけ、安全な後ろから普通の魔法を撃ってるだけじゃダメなんです! 私も……みんなの背中を絶対に守れる、強靭な力が欲しい!」

ステラの瞳には、王都で何もできずに立ち尽くしていた頃の面影はない。確かな覚悟の炎が宿っていた。


長老は白銀の髭を撫で、深く頷いた。

「……なるほど。娘さんのその並々ならぬ覚悟、確かに受け取りました。精霊と深く結びつき、魔力回路そのものを『自然の器』へと昇華させる秘術が存在します」


「本当ですか!?」

ステラが身を乗り出す。


「はい。……しかし、もう一つの目的というのは?」

長老が俺とマイヤを交互に見る。マイヤは空になったスープ皿をドンッと置き、黄金の瞳をギラリと光らせた。


「決まってんだろ。どんな病も治し、一滴で至高のスープができるっていうエルフの秘宝……『世界樹の朝露』をもらい受けに来たんだよ」


その瞬間、長老の顔からスッと血の気が引いた。

「せ、世界樹の……朝露、ですか……ッ」

長老はカタカタと震える手で額の汗を拭い、ひどく渋い顔をした。


「……何か問題があるのか?」

俺が尋ねると、長老は重い口を開いた。


「問題どころの騒ぎではありません。世界樹の朝露は、確かに存在します。しかしそれは、世界樹の枝葉から落ちる水滴などという生易しいものではないのです。……世界樹の根が、この星の最深部から吸い上げた『星の生命力マナの極大結晶』。それが朝露の正体です」


長老は立ち上がり、窓の外――エルトラ村のさらに奥深くにそびえ立つ、天を突くほどの超巨大な大樹を指差した。


「世界樹の根は、地下深くに向かって途方もない広がりを見せており、その複雑に絡み合った巨大な根の内部は、凶悪な古代の植物魔獣や、星の魔力に当てられて狂暴化した精霊たちが巣食う『世界樹の深淵迷宮ダンジョン』と化しているのです。……ステラ殿が求める『精霊の秘術』を得るための祭壇も、そしてマイヤ殿が求める『世界樹の朝露』も……その地下迷宮の『最下層』に存在します」


「ダンジョン……」

俺は思わず呟いた。


「いかにも。我らエルフの精鋭ですら、中層までしか足を踏み入れたことはありません。最下層に辿り着くには、致死量の魔力濃度と、古代の化け物たちを退ける圧倒的な力が必要不可欠……。いくら大恩人とはいえ、人間の身で挑むには、あまりにも無謀――」


「面白そうじゃな!!」


長老の悲痛な警告を遮り、フォニアが椅子の上に立ち上がってバンバンとテーブルを叩いた。

口の周りをスープまみれにした小悪魔は、背中の翼をパタパタと羽ばたかせ、満面の笑みを浮かべていた。


「我輩、千年も同じ祠の中に閉じ込められておって、身体が鈍りきっておったのじゃ! 迷宮探索! トレジャーハント! いい響きじゃな! 強い魔獣がおるなら、我輩の魔力回復のいいリハビリにもなるし、何よりその『世界樹の朝露』とやらを使ったマイヤの飯が食ってみたいぞ!」


フォニアの無邪気な(しかし絶望的に逆らえない)宣言に、長老は「ひっ……!」と短い悲鳴を上げて再び縮こまってしまった。


「……ってことらしい。決まりだな」

俺は苦笑しながら立ち上がり、腰の純白の剣の柄をポンと叩いた。


「望むところだ。エルフの精鋭が潜れない迷宮だろうが、ステラの強化とマイヤの極上食材が手に入るなら、這ってでも最下層まで辿り着いてやる。……俺のこの剣に、斬れない壁はない」

純白の剣が、俺の闘志に呼応するようにチリッと微かな光を放った。


「ルシアくん……ありがとう!」

ステラが感極まったように俺の腕を掴む。

「ハッ! 言ったな? アタシの究極のメニューを完成させるためだ、お前ら全員、死ぬ気で迷宮の底まで案内してもらうからな!」

マイヤも巨大包丁を担ぎ、獰猛な笑みを浮かべた。テオも「アマルと一緒に、みんなを全力でサポートするよ!」と力強く頷く。


「よし! では出発じゃ! エルフの爺や、弁当を百個ほど用意せい!」

フォニアが偉そうに指を差すと、エルフたちは弾かれたように「は、ははぁーっ!!」と厨房へ向かって猛ダッシュしていった。


静寂なエルフの辺境村から一転。

俺たちの次なる舞台は、星の魔力が渦巻く巨大にして凶悪な地下迷宮『世界樹の深淵迷宮』。

強靭な力を求める魔法使い、究極の食材を求める料理人、そして千年ぶりの散歩を楽しむ災禍の魔女を連れて。

俺たちの、未踏のダンジョン攻略がいよいよ幕を開けようとしていた。

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