第63話 猛吹雪の洗礼
ギガァンッ……!!
分厚い鉄の扉が完全に開ききり、俺たちは数週間ぶりに「地上」の大地へと足を踏み出した。
「うっ……ぶるぶるっ! さ、寒ィィィッ!!」
マイヤが身を震わせ、慌てて分厚い毛皮のコートの襟をかき合わせた。
俺たちの目の前に広がっていたのは、見渡す限りの銀世界。鼓膜を破らんばかりの猛吹雪が吹き荒れる、過酷な雪山の頂付近だった。ドワーフの地下王国の熱気に慣れきっていた身体には、この極寒の洗礼はあまりにも応える。
「そうだ、僕たち、ここを死に物狂いで越えてきたんだった……っ!」
テオが歯をガチガチと鳴らしながら、腰のホルダーに手を伸ばした。
「ア、アマル! 新形態の出番だよ! あの機巧獣モードなら、雪山なんて一気に駆け下りられるはず――」
テオがアマルを取り出した、その瞬間。
『ピギィィィィッ……!?』
外の猛吹雪に触れた途端、漆黒のスライムであるアマルの表面が瞬く間に白く凍りつき始め、内部の純鉄ギアが「ガリガリガリッ」と嫌な摩擦音を立てた。
「わあっ、ストップストップ!!」
テオは慌ててアマルを自身の分厚いコートの懐に押し込み、体温で温めるように両手で抱え込んだ。
「ごめん、ルシアくん! アマルの流体金属と精密ギアの組み合わせは、極寒だと凍結して噛み合わなくなっちゃうみたいだ! 逆にマグマみたいな極度の熱でも、ドロドロに溶けちゃって機構を維持できない……」
「なるほど。万能ってわけにはいかないか」
俺はマフラーを口元まで引き上げながら、苦笑した。
アマルは確かに強力な移動手段だが、この雪山を抜け、気温が安定する平原に出るまではお預けというわけだ。
「仕方ない。行きはマイヤの飯と気合いだけで登り切ったんだ。帰りも自力で下山するぞ!」
「ええーっ、またこの雪山を歩くの!? もう足パンパンだよぉ……」
ステラが涙声で抗議するが、留まっていれば凍死するだけだ。俺たちは膝まで雪に埋まりながら、猛吹雪の斜面を歩き始めた。
だが、かつての俺たちとは違う。
ステラは炎魔法で周囲の気温を巧みにコントロールし、マイヤは先頭に立ってドワーフの酒で身体を温めながら力強くラッセルしていく。そして何より――。
ズズズズズズ……ッ!!
雪崩のような地鳴りと共に、雪山の斜面から巨大な白い影がヌルリと這い出してきた。
【白亜の暴雪竜】。
雪山越えの際、俺たちが手も足も出ずに逃げ隠れるしかなかった、分厚い氷の鱗を持つ最悪の捕食者だ。
「出たな、雪山のヌシ……っ! ルシアくん、逃げる!?」
テオが顔を引きつらせるが、俺は逃げなかった。
「いや、強行突破する」
俺は深く息を吸い込み、魔力を練り上げた。
へその下の丹田から引き出した魔力を、両脚と両腕の筋肉へ向かって、極限まで高密度に『圧縮』していく。
ギリリッ……!!
圧縮された魔力が筋肉の繊維を鋼のワイヤーのように引き締め、俺の身体は人間の限界を突破した『暴力の器』へと変貌する。
その万全の状態を作ってから、俺は腰のホルダーから静かに「純白の剣」を引き抜いた。
チリッ、と大気が震える。
抜刀した瞬間、全身の骨が軋むような恐ろしい「重力」が右腕を襲った。
(くそっ……! 腕の筋肉にこれだけの魔力を圧縮しているのに、それでも手首が持っていかれそうだ……!)
見た目はスマートな長剣だが、狂腕のバルゴによって極限まで呪いと魔力が圧縮されたこの純白の刀身は、文字通り「密度」が異常だった。生半可な身体強化では、構えることすらできずに自身の腕の骨が砕け散ってしまう。
かつて黒狼を使っていた頃は、刀身が砕けないように『極薄の魔力膜』を剣に纏わせて保護していた。だが、この純白の剣にその庇護は必要ない。俺自身の肉体が、剣の圧力に耐えられるかどうかの勝負だった。
「グルルルルォォォォォッ!!」
暴雪竜が巨大な顎を開き、俺たちを丸呑みにしようと突進してくる。
「……耐えろよ、俺の腕ッ!!」
俺はさらに両足へ魔力を圧縮し、限界までパンプアップさせた。
踏み込んだ瞬間、ドンッ!!という爆音と共に、両脚に圧縮された魔力が爆発的な推進力を生み出し、分厚い雪と永久凍土の岩盤をクレーターのようにすり鉢状に砕き散らした。
その凄まじい踏み込みの勢いを利用して、俺は強引に純白の剣を大上段から振り下ろした。
ヒュンッ……。
物理的な激突音は、一切響かなかった。
直後。
パァァァァァァァンッ!!!!!
身体強化による超人的なスイングスピードと、極限まで圧縮された刀身。二つの力が合わさって放たれた「概念を断ち割る光の刃」が、暴雪竜の分厚い氷の鱗も、巨大な肉体も、いともたやすく真っ二つに両断した。
剣閃の余波は後方の雪雲ごと空を切り裂き、猛吹雪を真っ二つに割って、一直線の「晴れ間」を作り出してしまった。
「なっ……」
「嘘でしょ……あの氷のバケモノが、一撃で……しかも、空まで……」
ステラとマイヤが、信じられないものを見たように目を丸くしている。
「ハァッ……ハァッ……」
俺は純白の剣をゆっくりと鞘に収めながら、両腕の筋肉が悲鳴を上げているのを感じていた。
これだけ魔力を圧縮して強化したにも関わらず、腕の毛細血管が数本切れ、皮膚の下にうっすらと赤い斑点が浮かんでいる。一撃振るうだけで、身体強化の限界値を強要される恐るべき武器。使いこなすには、俺自身の「器」をもっと鍛え上げる必要がある。
「……これなら、雪山の下山もそう時間はかからなそうだな」
俺が無理をして強がって見せると、ステラとマイヤが「ルシアくん凄すぎ!」「はっはァ! こりゃあ頼もしい専属護衛だね!」と歓声を上げた。
空に開いた晴れ間から、温かい太陽の光が雪山に降り注ぐ。
頼もしい、しかし危険な新装備の圧倒的な力と代償を噛み締めながら、俺たちは南の平原を目指して、雪山を軽快な足取りで下りていった。




