第61話 純白の刃と反転する盾
夕暮れの大溶鉱広場。
ボロボロに汚れた姿で、満面の笑みを浮かべて立つテオの背中には、厳重に布で包まれた長大な剣と、見違えるほど強固な装甲に覆われた大盾が背負われていた。
「テオ……! お前、その手……!」
駆け寄った俺は、思わず息を呑んだ。
防毒面を外したテオの顔は煤と油で真っ黒だったが、何より痛々しかったのはその両手だ。無数の裂傷と火傷の痕、そして血が滲んだ分厚い包帯。彼がこの十四日間、あの廃棄層の極限環境でどれほどの地獄をくぐり抜けてきたのかが、その手を見るだけで痛いほどに伝わってきた。
「へへっ……大丈夫だよ、ルシアくん。バルゴさんのしごきは本気で死ぬかと思ったけど……でも、約束通り、最高のモンを仕上げてきたよ」
テオは誇らしげに胸を張り、《燻り黒豚亭》の俺たちの部屋へと急いだ。
ベッドの上で覇王溶岩蟹との死闘のダメージを癒やしていたマイヤも、上半身を起こして真剣な顔つきでテオを待ち構えていた。ステラも、祈るように両手を組んで見守っている。
部屋の中央。テオはテーブルの上に、布で包まれた剣と大盾を静かに置いた。
「まずは……アマルだ」
テオが大盾の表面を覆っていた黒鉄の装甲をカチャリと外す。
その中央には、かつて王都で魔族の理不尽な一撃を吸収し、完全に機能を停止していた漆黒のスライムの核――アマルが鎮座していた。だが、以前のようなただの魔石ではない。アマルの周囲を、精巧極まる純鉄の歯車と、赤い軟性素材のチューブが幾重にも取り囲み、ドクン、ドクンとまるで心臓のように脈打っているのだ。
「バルゴさんの『呪いを圧縮する純鉄技術』と、僕の『衝撃を受け流す軟性機構』を融合させたんだ。これからのアマルは、ただ攻撃を吸収するだけの盾じゃない」
テオがアマルの核にそっと指を触れると、漆黒の表面に一瞬、眩い浄化の光が走った。
「相手の魔力や瘴気を吸収し、内部のギアで限界まで圧縮……そして、逆位相の波長へと完全に『反転』させて、相手に浄化の衝撃波として撃ち返す。魔族の呪いに対抗するための、最強のカウンターシールドだ」
「すげぇ……あのドロドロの鉄クズから、こんな精密な機構を組み上げやがったのか」
マイヤが感嘆の声を漏らし、ステラも「アマル……おかえりなさい!」と涙ぐみながら盾を撫でた。アマルは嬉しそうに、ふるふると小さく震えて応えた。
「そして……ルシアくん。君の新しい相棒だ」
テオが、細長い布の結び目に手をかける。
シュルリと布が解け、部屋の空気が一変した。暖炉の火の温もりをかき消すような、研ぎ澄まされた静謐な冷気。
そこに横たわっていたのは、一切の穢れを知らない、透き通るような「純白の剣」だった。
刃渡りは以前の黒狼と同じだが、その刀身は金属というよりも、極限まで圧縮された光の結晶のように美しい。薄暗い宿屋の部屋の中で、自らが発光しているかのように周囲の影を吸い込んでいた。
「これが……俺の、剣」
俺は震える手を伸ばし、純白の柄を握りしめた。
その瞬間。
ズゥンッ……!! と、凄まじい質量の波が腕を駆け上がり、脳を直接殴りつけたような錯覚に陥った。
「なっ……!?」
俺は思わず剣を落としそうになり、慌てて両手で握り直した。
見た目の美しさと軽やかさに反して、信じられないほど「重い」のだ。いや、物理的な重量ではない。剣そのものが内包している『魔力と呪いの圧縮率』が異常なのだ。
「驚いたでしょ。それの素材は……廃棄層の最奥で眠っていた、神代の魔族の血を吸った『特級呪物の鉱石』と、ルシアくんの『折れた黒狼の破片』だよ」
「特級呪物と、黒狼……!?」
「うん。極限まで呪われた素材を、極限の熱と圧力で叩き潰し続けると、すべての不純物と光を反射しない『純白』に至るんだって。バルゴさんの、狂気の奥義だよ」
テオは真剣な眼差しで、純白の刃を見つめた。
「純粋な切れ味や性能で言えば、まだ以前の黒狼の少し上くらいかもしれない。だけど、この剣には『概念を斬る』力が宿ってる。魔族の理不尽な魔法結界や、実体のない呪い……そういった本来なら剣で斬れないものを、その純白の刃は強引に叩き斬ることができる」
俺は深く息を吐き、もう一度、純白の剣をゆっくりと目の高さまで持ち上げた。
初撃の異常な重さの錯覚は消え、今度は俺自身の魔力が、水がスポンジに吸い込まれるように刀身へと滑らかに流れ込んでいくのを感じた。柄の感触、重心、すべてが俺の身体の延長のように完璧に馴染んでいる。
未完成な部分があるのも分かる。だがそれは欠陥ではなく、俺の成長と共に、俺の魔力を吸ってまだまだ進化できるという『圧倒的な余白』だった。
「テオ……」
俺は剣を鞘に収め、ボロボロになったテオの両手を、自分の両手でしっかりと握りしめた。
「ありがとう。お前の十四日間の地獄……絶対に、無駄にはしない。この剣と盾で、今度こそ俺が全員を守り抜く」
「うん……っ! 信じてるよ、ルシアくん!」
テオの目から、堪えきれなくなった涙がポロポロとこぼれ落ちた。
俺の新しい純白の剣。
テオの瘴気反転の盾アマル。
マイヤの幻の霊火による究極の料理と、ステラの限界突破の魔法。
王都で圧倒的な力に蹂躙され、すべてを失いかけた俺たちは、この地下深くのドワーフの王国で、這い上がるための強靭な牙と爪を手に入れたのだ。
「よし……! 泣くのはここまでだ!」
マイヤがパンッと手を叩き、豪快に笑った。
「せっかくテオが帰ってきたんだ、今夜は私が最高の祝星を振る舞ってやる! 泣くほど美味いメシを食って、明日はついに……この地下街とお別れだ!」
俺たちは顔を見合わせ、力強く頷いた。
長かったドワーフの国での滞在も、いよいよ終わりの時が近づいていた。次なる目的地へ向けて、俺たちの反撃の旅が、再び幕を開けようとしていた。




