第54話 鉄クズの試練
漆黒の杭が放つ微弱な魔力の残滓を辿り、俺たちは廃棄層の最奥部へと辿り着いた。
そこにあったのは、周囲の腐敗した鉄クズの山とは明らかに異質な、強固な魔力結界に守られた半球状の工房だった。
結界を抜けると、防毒面のフィルター越しでも分かるほど、空気がビリビリと静電気を帯びている。工房の中央には、ドワーフの街で見たマグマの炉とは違う、禍々しくも美しい「紫色の炎」を上げる巨大な炉が鎮座していた。
カンッ……! カンッ……!
「……何の用だ、人間ども。ここはゴミ溜めだ。物見遊山なら上の街へ帰れ」
紫の炎に照らされながら鉄を打っていた背中が、ゆっくりと振り返った。
長く伸びた無造作な灰色の髭。そして、酒場のマスターが言っていた通り、彼の右肩から先は肉体ではなく、無数の歯車と剥き出しの魔力ケーブルで構成された「機械の義腕」になっていた。
「あんたが、狂腕のバルゴだな」
俺が前に出ようとした瞬間、バルゴの機械の義腕がカシャッと駆動音を鳴らし、炉のそばにあった巨大な鉄槌が俺の鼻先数ミリの床に突き刺さった。
「気安く呼ぶな。それ以上近づけば、次は頭をカチ割るぞ」
凄まじい殺気と、職人特有の近寄りがたいオーラ。
だが、その重圧を跳ね除け、俺の前にスッと歩み出た者がいた。テオだ。
彼は防毒面を外し、むせ返るような瘴気の中で咳き込みながらも、先ほど融合獣の残骸から引き抜いた「漆黒の杭」を真っ直ぐに突き出した。
「……バルゴさん。表の鉄クズに刺さっていたこの杭。魔族の死骸から抽出した瘴気を、ドワーフの純鉄の魔力伝導率を使って『逆位相』に反転させ、呪いを相殺していますね?」
その言葉に、バルゴの義眼のようにギラつく左目がピクリと動いた。
「なんだ、小僧。ただのガラクタ漁りかと思えば、少しは構造が読めるようだな」
「僕も……モノを作る人間です」
テオは震える手で、胸元から完全に機能停止した漆黒のスライムの核と、俺の折れた黒狼の破片を取り出した。
「王都で、魔族に完全に敗北しました。今の僕の技術じゃ、この子を直すことも、ルシアくんの剣を打ち直すこともできない。……だから、教えてほしいんです。世界から弾き出された『禁忌の素材』を制御し、理不尽な力に抗うための、あなたのその技術を!」
テオの必死の叫びが、紫の炎が爆ぜる工房に響き渡る。
バルゴはテオが差し出したアマルの核と折れた剣の破片をジッと見つめ、やがて、喉の奥で低く笑った。
「……ククッ。ハハハッ! 傑作だ。俺を追放した上の連中なら、見ただけで卒倒しそうな『呪いの塊』を、よりにもよって人間のガキが直しに来るとはな!」
バルゴはピタリと笑いを止め、工房の外――広大な廃棄層のゴミ山を指差した。
「なら、証明してみせろ」
「えっ?」
「あそこに転がっている、瘴気で完全に腐りきった『蒸気兵の旧式魔力炉心』。あれを明日までに、完全に瘴気を反転させる『浄化フィルター』として再起動させてみろ。使う素材は、この廃棄層に落ちている鉄クズだけだ。上の街で買ってきた綺麗な道具は一切使うな」
バルゴは冷酷に言い放った。
「明日、俺が起きて炉に火を入れるまでに動かなければ、二度と面を見せるな。ああ、それから……」
バルゴは、テオを心配して一歩前に出ようとした俺たちを再び睨みつけた。
「そいつ一人のテストだ。周りの連中が少しでも手や口を出したら、その瞬間に全員ここから叩き出す。……始めな」
「……分かりました。絶対に、やってみせます」
テオは小さく、だが力強く頷くと、瘴気の渦巻く廃棄層へと一人で歩き出した。
「テオ……」
ステラが不安げに声を漏らす。マイヤも舌打ちをし、「あのクソジジイ、無茶苦茶言い上がって……」と巨大包丁の柄を握りしめた。
俺も歯を食いしばった。テオがたった一人で、あんな猛毒のゴミ山の中で作業を続けるなんて自殺行為に近い。だが、バルゴの目は本気だった。ここで俺たちが手出しをすれば、テオの覚悟まで無駄になってしまう。
カラン……。ギギギ……。
紫色の毒水が溜まる鉄クズの山の中で、テオは防毒面をつけ直し、深緑の魔光灯を頼りに作業を始めた。
使えそうな歯車や、腐食の少ない導線を泥まみれになりながら探し出し、旧式魔力炉心へと組み込んでいく。だが、瘴気を帯びた鉄は硬く、脆く、テオの手の皮を容赦なく引き裂いていく。
「ゲホッ、ゴホッ……! くそっ、この規格の歯車じゃ、魔力の逆流に耐えられない……代わりのパーツは……!」
防毒面のフィルター越しにも、テオの苦しそうな呼吸音が聞こえてくる。
「ルシア、私たち……本当に見てるだけでいいの?」
ステラが俺の袖を強く掴んだ。
「……信じよう。あいつは、絶対に諦めない」
俺たちは工房の結界の境界線ギリギリに座り込み、徹夜でテオの背中を見守る決意を固めた。
過酷な廃棄層の冷たい闇の中で、テオと鉄クズの、長く苦しい戦いが始まった。




