第53話 呪われた鉄屑
ギギギギギ……ッ。
錆びついた極太の鎖を引き抜き、分厚い鉄格子を押し開けると、冷たく湿った、ひどく淀んだ空気が全身にまとわりついてきた。
「……行くぞ。足元に気をつけろ」
防毒面のフィルター越しに、俺の声はくぐもって響いた。
シュー、コー、という全員の重苦しい呼吸音だけが、不気味なほど静まり返った空間に落ちていく。
廃棄層は、文字通りのゴミ溜めだった。
テオが掲げる深緑の魔光灯が照らし出すのは、見渡す限りに積み上げられた鉄クズの山だ。ひしゃげた歯車、半分溶け落ちたゴーレムの胴体、用途のわからない巨大な機械の残骸が、まるで墓標のように無数に突き立っている。
足元には紫色の毒々しい水たまりが広がり、マイヤの特製軟膏を塗った肌が、微量の瘴気に反応してピリピリと焼け付くように痛んだ。
「気味が悪いね……。上の街の活気が嘘みたいだ」
ステラが杖を握る手に力を込める。彼女の杖に結びつけられた浄化の魔石が、周囲の瘴気に反応してチカチカと明滅していた。
「気を抜くなよ。鉄の匂いに混じって、生臭ぇ『血』の匂いがする」
マイヤが巨大な肉包丁を構え、黄金の目を細めた。
その時だった。
カラン……。ガシャン、ギゴゴゴゴ……。
右手の鉄クズの山が、不自然に崩れ落ちた。
緑色の光の先に浮かび上がったのは、悪夢のような姿をした異形の化け物だった。
ベースとなっているのは、上で戦ったような機巧兵の残骸だ。だが、その胴体からは、錆びたノコギリの刃や、折れ曲がった別のゴーレムの腕が何本も、まるでムカデの足のように無秩序に生え出ている。
さらに悍ましいのは、その無機質な鉄のパーツ同士を繋ぎ止めているのが、赤黒く脈打つ「肉腫」のような瘴気の塊であることだ。鉄と肉が呪いによって融合した、完全なバケモノ――『呪鉄の融合獣』だ。
「ギィィィィィィッ……!!」
単眼だったはずの頭部には、無数の不揃いな赤い魔石が埋め込まれ、俺たちを捉えて狂ったように明滅した。
「来るぞッ!」
俺の叫びと同時、融合獣が複数の錆びた腕をゴキゴキと振り回しながら、ありえない速度で壁の鉄クズを這い回って襲いかかってきた。
「ハッ、包丁の入れ甲斐がなさそうなゲテモノだね!」
マイヤが地を蹴り、真正面から迎え撃つ。彼女の黒鉄の包丁が大上段から振り下ろされるが、融合獣はムカデのような複数の腕で器用にそれを白刃取りのように受け止め、別の腕に握られた錆びた刃をマイヤの脇腹へと突き出してきた。
「危ないッ!」
俺は折れた黒狼を抜き放ち、マイヤに迫る錆びた刃を横から弾き飛ばす。ガギンッ!という重い金属音が廃棄層に響き渡った。
「ルシアくん、あれは普通のゴーレムじゃない! 関節を繋いでる『赤い肉腫』の部分が、あの化け物の動力源であり弱点だ!」
後方から冷静に観察していたテオが、防毒面越しに叫ぶ。
「了解だ! マイヤ、鉄の装甲ごと引き剥がせるか!?」
「誰に口きいてんだ! 骨ごと断つのが私の仕事だ!」
マイヤは包丁の柄を両手で握り直し、雄叫びと共に凄まじい膂力で包丁を捻り上げた。ギガァァンッ!と融合獣の腕の装甲が大きくひしゃげ、内部で脈打つ赤黒い肉腫がグチャリと露出する。
「ステラ!!」
「穿て! 『浄化の光矢』!!」
ステラが瘴気に強い光属性の魔法を撃ち放つ。
眩い光の矢が、マイヤがこじ開けた装甲の隙間――赤黒い肉腫のど真ん中に深々と突き刺さった。
「ギギャァァァァァァァッ!!」
断末魔の叫びと共に肉腫が内側から弾け飛び、呪いの結びつきを失った融合獣の鉄のパーツが、バラバラと音を立てて崩れ落ちた。
「……ふぅ。なんとか倒せたな」
俺は油断なく周囲を見渡しながら、折れた剣を鞘に収めた。防毒面の中は、すでに汗でびっしょりだ。
「見て、ルシアくん。あいつの残骸の中に……」
テオが崩れ落ちた鉄クズの中から、何かを拾い上げた。
それは、化け物の胴体に深く突き刺さっていた、一本の「漆黒の杭」だった。表面には、ドワーフの大門で見たような精巧な歯車の紋様が刻まれ、そこから微弱だが、極めて純度の高い魔力が放たれている。
「この杭が、あの化け物の動きを鈍らせていたんだ。……これほどの純度の鋼を打ち、魔力を込めることができるのは、おそらく……」
「ああ。この奥に、『狂腕のバルゴ』がいる」
漆黒の杭が示す、確かな痕跡。
俺たちは深緑の魔光灯を頼りに、恐るべき廃棄層のさらに深くへと、息を殺して足を踏み入れていった。




