第52話 廃棄層への備え
「瘴気と毒ガスが充満するゴミ溜め、か。こりゃあ、そのまま突っ込んだら鍛冶師に会う前に肺が腐っちまうな」
裏路地の酒場を出た俺たちは、再び活気と熱気に満ちた「大溶鉱広場」へと戻ってきていた。手元には、昨日魔物の素材を売って得た大量の純鉄貨がある。これを出し惜しみしている場合ではない。
「まずは『防毒装備』だね。ドワーフの鉱員たちが深い縦穴を掘る時に使う、強力なフィルター付きのマスクがあるはずだよ!」
テオが目を輝かせ、広場の奥にある採掘道具の専門店へと駆け出した。
店内に所狭しと並んでいたのは、革と真鍮で作られた無骨な「防毒面」の山だった。
テオは店主と専門的な議論を交わし、数ある中から最もフィルターの性能が高く、視界を塞がないゴーグル一体型の最高級品を四つ買い占めた。口元には分厚い浄化用の炭と魔石の粉末が詰め込まれた円筒形のフィルターが装着されており、革のベルトで後頭部にしっかりと固定する仕組みだ。
「よし、これで呼吸の確保は完璧だよ! ついでに、瘴気の中でも光を失わない『深緑の魔光灯』も買っておいた」
テオが満足げに腰のランタンを叩く。
「呼吸はそれでいいとして、肌から染み込む毒や、精神を削る呪いの類はどうする? 防具の隙間から入り込まれたら厄介だぞ」
俺の懸念に、今度はマイヤが不敵な笑みを浮かべた。
「そこは私の出番だ。裏路地の怪しいスパイス屋で、いいモンを仕入れてきたからな」
彼女がドンッと取り出したのは、強烈なツンとする匂いを放つ、赤黒い乾燥香草の束と、ドロドロの軟膏だった。
「『竜胆の血草』と、『火喰い鳥の脂』だ。これを煮詰めて軟膏にし、肌の露出部に塗りたくれば、半日は瘴気を弾き返す強力なコーティングになる。匂いは最悪だが、肌が腐るよりマシだろ?」
「うっ……本当にすごい匂い。でも、背に腹は代えられないね」
ステラが鼻をつまみながらも、力強く頷く。彼女自身も、周囲の瘴気を一時的に中和する「浄化の魔石」をいくつか杖のベルトに結びつけていた。
宿屋の厨房を借りてマイヤが軟膏を煮詰めると、目に染みるような刺激臭が立ち込めた。
俺たちは出来上がった軟膏を首筋や腕に塗りたくり、ドワーフ特製の防毒面を装着し、深くフードを被った。お互いの顔は分厚いゴーグルと真鍮のフィルターで隠れ、呼吸のたびに「シュー、コー」という重苦しい機械音が鳴る。
「……なんだか、いよいよヤバい場所に乗り込むって実感が湧いてきたな」
フィルター越しに、自分の声がくぐもって聞こえる。
「ああ。ここからは未知の領域だ。ルシアの新しい剣と、私のアマルの復活……絶対にあの『狂腕のバルゴ』を見つけ出そう」
テオの言葉に、全員が無言で頷いた。
準備は万端だ。大金をはたいて揃えた装備と、マイヤの特製軟膏。
俺たちは活気あふれる表通りに背を向け、大溶鉱広場のさらに奥――街の最下層へと続く、厳重に鎖で封鎖された「廃棄層」の巨大な鉄格子の前へと辿り着いた。
鉄格子の奥からは、光の届かない漆黒の闇と、カラン、カランと虚ろに響く金属音、そして鼻が曲がるような腐敗した瘴気が漏れ出している。
「開けるぞ」
俺は折れた黒狼の柄に手を添え、重い鉄格子の鎖に手をかけた。




