第51話 狂腕の噂と廃棄層
大金を手にしてそれぞれの装備の可能性に胸を膨らませた翌日。
俺たちは、活気あふれる表通りから一本外れた、薄暗い路地裏へと足を踏み入れていた。
天井の照明用魔石の光はここまで届かず、道端には壊れた機械の残骸や、鈍く光る鉄クズが山のように積まれている。立ち並ぶ建物も煤で汚れ、むせ返るような機械油と安酒の匂いが空気にねっとりと張り付いていた。
「表の連中に『バルゴ』の名前を出した途端、みんな蜘蛛の子を散らすように逃げちまったからな。こういう訳ありの探し人は、裏の酒場で聞くのが一番だ」
マイヤが巨大な肉包丁を肩に担いだまま、迷いなく古びた木戸を蹴り開けた。
『錆びた鉄床亭』。
表の宿屋とは違い、店内にいるのは隻眼のドワーフや、機械の義手を持った荒くれ者ばかりだった。俺たちが入っていくと、鋭い視線が一斉に突き刺さる。テオとステラが少しだけ肩をすくめた。
「マスター。一番強いエールを四つ。それと……」
俺はカウンターに座り、昨日手に入れたばかりの純鉄貨を五枚、カチンと並べた。
「極上の『情報』を一つ頼む」
スキンヘッドに無数の傷跡を持つマスターは、純鉄貨を素早く懐に滑り込ませると、汚れた布でグラスを拭きながら低い声で尋ねた。
「何が知りたい、人間」
「『狂腕のバルゴ』。どこに行けば会える?」
その名前を出した瞬間、店内のざわめきがピタリと止んだ。
背後で飲んでいた数人のドワーフが、忌々しそうに舌打ちをして店を出て行く。マスターもまた、深くため息をついた。
「……村の紹介状を持ってきたってのは、お前さんたちか。やめとけ、あんなイカレた爺さんに関わるのは」
「事情があるんだ。あんたも知ってるなら教えてくれ」
マスターは周囲を一度見回し、カウンター越しに身を乗り出してきた。
「バルゴはな、かつてこの国の『筆頭鍛冶師』だった男だ。腕は間違いなく世界一だった。だが、あの爺さんは純粋な鉱石を打つだけじゃ満足できなくなっちまったんだ」
「満足できない?」
「ああ。『神代の鋼だろうが、斬れねぇモノがあるならただのナマクラだ』とかなんとか言って、手を出してはならねぇ禁忌の素材……魔族の死骸や、呪われた瘴気を帯びた石を炉にくべるようになった」
マスターの顔に、明らかな恐怖の色が浮かぶ。
「結果、どうなったと思う? 爺さんの工房で大爆発が起きた。単なる火薬じゃねぇ、空間そのものを歪めるような呪いの爆発だ。数人の弟子が巻き込まれて死に、爺さん自身も右腕の肉を半分吹き飛ばされた。……それ以来、あいつは追放され、今は一番下の『廃棄層』に引きこもってる」
「廃棄層……」
テオがゴクリと息を呑む。
「国中の失敗作の機巧兵や、有毒な魔石のカスが捨てられるゴミ溜めだ。今は呪いと瘴気で変異した機械の化け物がうろつく、正真正銘の地獄になっちまってる。爺さんはそのド真ん中で、狂ったように鉄を打ち続けてるのさ」
禁忌に触れ、追放された狂気の天才鍛冶師。
そして彼が潜むのは、危険な変異魔物が徘徊する最下層のゴミ溜め。
「……教えてくれて助かった」
俺が立ち上がると、マスターは呆れたように首を振った。
「本気で行く気か? 命を捨てるようなもんだぞ」
「捨てに行くんじゃない。俺たちは、絶対に生き残って勝つために行くんだ」
俺は折れた黒狼の柄を強く握りしめた。
魔族の理不尽な力を叩き斬るための剣を打てるのは、同じく理不尽な禁忌に踏み込んだその男しかいない。
酒場を出た俺たちの足取りに迷いはなかった。
目指すは、この華やかな地下王国のさらに深く――光の届かない「廃棄層」だ。




