第50話 地下市場と純鉄貨
ドワーフの巨大市場「大溶鉱広場」は、むせ返るような熱気と怒号のような値切り声で溢れかえっていた。
石畳の上に所狭しと並べられた露店には、地上の人間が見たこともないような武具や、チカチカと明滅する魔石のランプ、そして謎の機械部品が山積みになっている。
俺たちは市場の端にある、とりわけ大きな天秤の看板を掲げた『素材買取所』のカウンターに重い麻袋をドサリと置いた。
「おうおう、人間の客たぁ珍しい。どれ、雪山でネズミでも狩ってきたのか?」
分厚い単眼鏡をつけた年老いたドワーフの鑑定士が、鼻で笑いながら麻袋の口を開けた。
しかし、中身を見た瞬間、彼の目は単眼鏡から飛び出さんばかりに見開かれた。
「こ、こいつは……『白銀刃熊』の氷装甲!? しかも『凍獄の鎧蜘蛛』の絶対零度の殻まであるじゃねぇか! おいおい、どうやってこんなに綺麗に剥ぎ取ったんだ!? 刃こぼれもひび割れも一切ねぇ、完璧な断面だぞ!」
「ふん。あたしの包丁さばきを舐めるなよ。素材の『鮮度』と『繊維』を一切壊さずに解体するなんて、料理人の基本だろ?」
マイヤが腕を組み、得意げに鼻を鳴らす。
鑑定士は震える手で分厚い台帳をめくり、大慌てで奥の金庫から革袋を三つも抱えて戻ってきた。
「あ、あんたらかくしゃくたる凄腕の狩人だな! 〆て、純鉄貨五百枚と、中級魔鉱貨が五十枚だ! こいつぁ、この広場の露店を丸ごと買い取れるくらいの大金だぜ!」
俺たちは顔を見合わせた。
マイヤの料理(解体)技術と、命がけの雪山越えが、途方もない軍資金に化けたのだ。
ズッシリと重い革袋を三人で分け合い、俺たちはいよいよ武具屋が立ち並ぶ通りへと繰り出した。
「ルシアくん、見てこれ! すごいよ!!」
テオが興奮しきった声で、ある武具屋の店先に飛びついた。
そこにあったのは、ただの盾や鎧ではない。背中に小さな魔力炉心を背負い、そこから伸びる真鍮のパイプで腕の動きを補助する『蒸気駆動の重手甲』だった。
「この歯車の噛み合わせ……動力の伝達効率が地上の技術と全然違う! 僕のアマルを修復するだけじゃなくて、この技術を組み込めば、絶対に壊れない『機巧防壁』が作れるかもしれない!」
テオは完全に自分の世界に入り込み、店主のドワーフと専門用語で激しい議論(という名の質問攻め)を交わし始めた。
「私はこっちのお店が見たいな!」
ステラが足を止めたのは、杖や魔導具を扱う専門店だ。
彼女の魔力に耐えうる樫の杖は地上では最高級品だったが、ここの店先に並んでいるのは、マグマの熱を帯びた「炎晶石」や、雷を蓄える「雷鳴樹の枝」など、杖そのものが強大なエネルギーを放つ代物ばかりだった。
俺もまた、立ち並ぶ武器屋の軒先で様々な剣を手に取っていた。
ドワーフの鋼は、重く、硬く、そして鋭い。
試しに振らせてもらった「重鉄の断剣」は、俺の筋力をもってしても振り抜くのに僅かなタイムラグが生じるほどの凄まじい質量だった。当たればゴーレムの装甲すら砕くだろう。
だが――。
「……やっぱり、違うな」
俺は剣を店主に返し、腰の鞘に収まったままの「折れた黒狼」の柄を撫でた。
どんなに強力な武器でも、俺の身体の一部のように馴染み、魔力を完全に伝導してくれたあの黒狼のバランスには遠く及ばない。間に合わせの強力な武器を買うよりも、今の俺に必要なのは、この相棒を復活させることだ。
「よし、俺は今のところはこの安物の鋼の剣でいい。テオ、ステラ。必要なものがあったらその大金で買っておけよ。明日は情報収集の続きだ」
熱気と喧騒に包まれた市場の隅で、俺たちはそれぞれの「さらなる強さ」の可能性を肌で感じていた。




