第49話 鉄床通り
「……う、頭が痛ぇ……」
翌朝。ドワーフの強烈な黒エールの二日酔いに見舞われながら、俺は《燻り黒豚亭》の客室で目を覚ました。
背中が異様に痛い。それもそのはず、ドワーフサイズのベッドは「巨大な一枚岩」の上に、魔物の分厚い毛皮が数枚敷かれているだけの、とんでもなく硬い代物だったのだ。骨格の頑丈な彼らにとっては、これくらい反発力がある方が熟睡できるらしい。
「おはよう、ルシアくん。見事にやられてるね……」
隣のベッドから、テオが苦笑いしながら起き上がってきた。彼も目をこすっている。
俺たちが顔を洗って一階の食堂へ降りると、そこにはすでに信じられない光景が広がっていた。
「女将! この『火竜草の根』は、刻むんじゃなくて石臼で挽いてからスープに入れた方が、香りが爆発するはずだ!」
「お嬢ちゃん、分かってるじゃないか! よし、その横の鉄鍋の火加減を見ておくれ!」
マイヤが自分のエプロンを身につけ、厨房の中で女将と肩を並べて朝食の仕込みを手伝っていたのだ。彼女の黄金の瞳は、ドワーフ特有の熱源機構や見たこともない調味料の数々に釘付けになっている。
「あ、おはよう二人とも。マイヤさん、朝からすごく元気だよ……」
すでに席についていたステラが、呆れたように笑った。
運ばれてきたドワーフの朝食は、黒曜石のように硬い黒パンと、マグマの熱で煮込まれた濃厚な赤いスープだった。パンはそのままでは歯が折れそうなくらい硬いが、激辛のスープに浸すと嘘のようにトロトロに溶け出し、噛むほどに肉の旨味とスパイスの香りが口いっぱいに広がる絶品だった。
「美味い……! なんだこれ、目が一発で覚めるぞ」
俺が勢いよくスープを平らげると、厨房から戻ってきたマイヤがドカッと席に座った。
「だろ? 地下特有の香辛料をふんだんに使った『目覚めの火炎スープ』だ。……さて、腹も膨れたところで、今日の予定だが」
マイヤは、俺たち三人の顔を見回した。
「この街には美味そうな食材も、凄そうな武器も山ほどある。だが、致命的な問題が一つあるんだよ」
「致命的な問題?」
「金だよ、金! 地上の硬貨も多少は使えるみたいだが、この街の基本通貨は『純鉄貨』や『魔鉱貨』だ。今の私たちは無一文のすかんぴんってわけさ」
テオがポンと手を打った。
「そっか! じゃあ、まずは雪山で狩った『白銀刃熊』の氷装甲や、『凍獄の鎧蜘蛛』の素材を換金しなきゃいけないね。あんな強大な魔物の素材なら、相当な金額になるはずだよ」
「そういうことだ。まずは市場の『素材買取所』へ行って、軍資金を作る。街の散策はそれからだ」
俺たちは宿屋を出て、朝の「鉄床通り」へと足を踏み出した。
夜とはまた違う、凄まじい活気がそこにはあった。
天井の巨大な照明用魔石が太陽のような眩しい光を放ち、街全体を照らしている。巨大な歯車が地響きを立てて回り、至る所にある工房の煙突から、七色の煙が真っ直ぐに立ち昇っていた。
「さあ、まずは稼ぎに行くぞ! ぼったくられないように、しっかり値踏みしてやるからな!」
頼もしい料理人を先頭に、俺たちはドワーフの地下王国が誇る巨大市場――数え切れないほどの武具や未知の機械、希少な鉱石が取引される熱狂の渦へと飛び込んでいった。




