第48話 鋼と炎の地下王国
「……狂腕のバルゴ、だと?」
ペンダントを受け取ったドワーフの門番は、その名を聞いた途端に顔をしかめ、長く豊かな髭を片手でしごいた。
「村の恩人であるお前さんたちを無下に追い返すわけにはいかんが……あんな厄介な奴に関わろうとするとは、物好きな人間どもだ。まあいい、街に入る許可は出そう。長旅で疲れているだろう、まずは『鉄床通り』にある宿屋兼酒場、《燻り黒豚亭》へ行くといい。あそこなら人間サイズのベッドもある」
重い鉄の扉が完全に開け放たれると、俺たちは思わず息を呑み、その場に立ち尽くした。
「うわぁ……! すごい……!」
ステラが感嘆の声を漏らす。
そこは、文字通り「地下に作られた世界」だった。
見上げるほど広大な地下空洞。天井からは巨大な光る水晶がシャンデリアのようにぶら下がり、昼間のように街全体を照らし出している。
岩壁の至る所からオレンジ色に輝くマグマが滝のように流れ落ち、その熱を利用して、山のように巨大な真鍮製の歯車が幾つも噛み合いながらゆっくりと回転していた。カンッ、カンッ、という鉄を打つリズミカルな音が、街の息遣いのように絶え間なく響き渡っている。
「へぇ……こいつは傑作だ。街全体が一つの巨大な『炉』になってやがる」
マイヤが感心したように口笛を吹いた。
石畳の敷かれた大通りは、活気に満ち溢れていた。
自分の背丈ほどある巨大な戦斧を担いだドワーフの戦士たち、ゴーグルをつけて真っ黒に煤けた職人たち、そして彼らが引く、鉱石を山積みにした鉄の荷車。建物の多くは赤レンガと黒鉄を組み合わせて作られており、通りには武骨だが精巧な装飾品や、見たこともない機械仕掛けの道具を並べた露店がズラリと並んでいる。
俺たちは熱気と喧騒に圧倒されながらも、門番に教えられた《燻り黒豚亭》の看板を見つけた。
木製の重いスイングドアを押し開けると、むせ返るようなローストミートの匂いと、ドワーフたちの怒号にも似た笑い声が飛び込んできた。
「いらっしゃい! 人間の客人たぁ珍しいね。空いてる席に座りな!」
恰幅の良いドワーフの女将が、両手にジョッキを六つも抱えながらウインクをしてきた。
俺たちは部屋を二つ(男部屋と女部屋)長期間のツケ払いで確保すると、広間の円卓に腰を下ろした。
「よし! 部屋も確保したし、まずは祝杯といこうぜ!」
マイヤが女将を呼び止め、メニューも見ずに叫ぶ。
「女将! この店で一番デカい肉の塊と、一番度数の高いエールを四つだ! こちとら極寒の雪山越えで、胃袋がカラカラに干からびてんだよ!」
「威勢がいいねぇ、お嬢ちゃん! すぐに持ってくるよ!」
数分後、俺たちのテーブルにドンッと置かれたのは、樽のように太い木製ジョッキに並々と注がれた黒エールと、鉄板の上でジュージューと音を立てる「地底猪の丸焼き」だった。
「ルシアくん、テオくん、マイヤさん……雪山越え、本当にお疲れ様!」
ステラがジョッキを両手で持ち上げる。
「アマルを直すためにも、ルシアの剣を打ち直すためにも……ここからが本番だね」
テオも笑顔でジョッキを掲げた。
「俺たちの、新しいスタートに」
俺がジョッキを合わせると、マイヤが「硬えよ兄ちゃん! 命があって飯が食える、それに乾杯だ!」と豪快にジョッキをぶつけてきた。
ガチンッ!!
分厚い木のジョッキがぶつかり合い、冷たい黒エールが喉を焼け付くように流れ込んでいく。
美味い。雪山の寒さと緊張感が、アルコールと熱気と共に一気に溶け出していく感覚だ。
「……んんっ!? なんだこの肉!」
地底猪の丸焼きに噛み付いたマイヤが、黄金の目を丸くした。
「表面はカリッカリなのに、中まで均等に火が通って肉汁が一切逃げてねぇ……! おい女将! これ、どうやって焼いたんだ!?」
「ひゃっはっは! 驚いたかい? それは地下のマグマ溜まりから引いた『極小魔力炉』の遠赤外線で、三日三晩じっくり回転させながら焼いてるんだよ! 人間の火じゃ、こうはいかないだろ?」
女将の言葉に、マイヤは「マグマの遠赤外線……ッ! その手があったか!」と、謎の感動に打ち震えながら手帳に猛烈な勢いでメモを取り始めた。
美味い飯、強い酒、そして絶え間なく響く鉄の音。
王都での絶望的な敗北から、どれくらいの時が経っただろうか。
俺たちは今、間違いなく前へ進んでいる。未知の文化に触れ、笑い合いながら、明日の活力を養っていた。
ドワーフの地下王国での、波乱に満ちた長期滞在の夜が、熱く、そして賑やかに更けていった。




