第47話 灼熱の鉄巨人と赤銅の大門
白雪の隠れ里を後にした俺たちは、猛吹雪の雪山をさらに三日三晩登り続けた。
村長から託された「赤銅の歯車のペンダント」は、山頂に近づくにつれて微かな熱を帯び始め、まるで俺たちを導くように脈打っていた。
やがて、分厚い灰色の雲が切れ、雪山の頂上付近に広がる巨大なすり鉢状の渓谷が姿を現した。
一面の銀世界の中に、そこだけが異質な空間だった。渓谷の底には雪が一切積もっておらず、むき出しになった赤茶色の岩肌から、陽炎が立つほどのすさまじい熱気が絶えず立ち昇っているのだ。
硫黄と焦げた鉄の匂いが、冷たい空気に混ざって鼻腔を突く。
「着いたぞ。あそこがドワーフの連中の引きこもり部屋だ」
マイヤが巨大な肉包丁を肩に担ぎながら、谷底を指差した。
渓谷の最奥、切り立った岩壁をくり抜くようにして、そいつはそびえ立っていた。
高さは優に五十メートルは超えるだろう、途方もないスケールの巨大な両開きの門だ。表面は単なる鋼ではなく、血のように赤黒く、鈍い光沢を放つ特殊な金属で覆われている。門の表面には、無数の歯車やハンマーを象った幾何学的な紋様が深く刻み込まれており、その隙間を縫うように、まるで血管の中を流れるマグマのようなオレンジ色の光が脈打っていた。
「すごい……! あれ全部、魔力を帯びた神代の鉱石でできてるんだ……!」
テオが寒さも忘れて目を輝かせ、門の放つ熱に顔を照らされる。
俺は胸元のペンダントを握りしめ、大門へと歩み寄った。
だが、その圧倒的な大門に数十メートルまで近づいた、その時だった。
ズズンッ……!!
地鳴りのような重低音が響き、大門の両脇に積もっていた岩山が突如として爆発した。
土砂を吹き飛ばして姿を現したのは、二体の巨大な「門番」だった。
「うわっ!? なんだあれ!」
ステラが短く悲鳴を上げる。
それは、生物ではなかった。
全高四メートルほどの、真鍮と黒鉄を継ぎ接ぎして作られた巨大な機巧兵だ。
丸みを帯びた分厚い樽のような胴体に、大木の幹よりも太い無骨な両腕がガチャン、ガチャンと重々しい音を立てて接続されている。頭部にあたる部分には顔はなく、代わりに人間の頭ほどの大きさがある単眼の赤い魔石が、ギョロリと不気味な光を放って俺たちを睨みつけた。
「侵入者、検知。直チニ、排除スル」
無機質な宣告と共に、機巧兵の右腕に握られた漆黒の巨大戦槌が、重力すら歪めるような風切り音を立てて振り下ろされた。
「待て! 俺たちは麓の村の紹介で――ッ!」
俺がペンダントを掲げて叫ぶも、自動防衛兵器に人間の言葉は通じない。
「散れッ!!」
俺の叫びと同時、俺たちは四方に大きく跳躍した。
直後、先ほどまで俺たちが立っていた岩の地面が、爆発したかのように粉々に砕け散る。
ズガァァァァァンッ!!という鼓膜を破る轟音。舞い上がる土砂。そこにゴーレムの関節部から噴き出す超高熱の蒸気が混ざり合い、周囲一帯が視界ゼロの灼熱の地獄と化した。
「熱ッ……! 近づくだけで火傷しそうなんだけど!」
ステラが熱風に顔を庇う。
「おいおい、冗談キツイぜ! 私の特製包丁は肉や殻を断つためのもんで、あんな分厚い黒鉄の塊を叩き割るようにはできてねぇぞ!」
マイヤも肉包丁を構えながら舌打ちをした。
事実、その装甲は絶望的なまでに硬く分厚かった。
俺は熱風のベールを抜け、ゴーレムの死角である背後に回り込んで折れた鋼の剣を叩き込んだが、火花が散るだけで刃先が滑り、全く傷をつけることができない。
逆に、ゴーレムが鬱陶しそうに巨大な腕を裏拳のように振るうだけで、大気が震え、俺は木の葉のように吹き飛ばされそうになる。
「ルシアくん、無理だ! 今の僕たちじゃ、あの装甲を物理的に破壊するのは不可能に近い!」
岩陰から状況を冷静に分析していたテオが、声を張り上げた。
「ならどうする! このままじゃジリ貧だぞ!」
俺が叫び返すと、テオはゴーレムの各所から噴き出している「蒸気」を指差した。
「見て! あいつが大きく動くたびに、関節や背中の『排気口』から強烈な蒸気が出てる! あれはきっと、内部の魔力炉心から発生する異常な熱を逃がすための機構だ! だったら……排気口を塞いで、内部から熱暴走させれば!」
「なるほどな! 鍋の蓋を無理やり押さえつけて、中身ごと爆発させるってわけだ!」
マイヤが凶悪な笑みを浮かべ、懐から小瓶を取り出した。
「兄ちゃん、ちょっとあのデカブツの目を回してやれ! 最高の『とろみ』をつけてやる!」
「分かった!」
俺は身体強化の魔力を脚部に集中させ、ゴーレムの周囲を高速で駆け回り始めた。残像を引くスピードで右へ、左へと不規則に動き、単眼の赤い魔石の視線を俺に釘付けにする。
「目標、補足不能……予測演算……」
ゴーレムの動きが僅かに鈍ったその瞬間、マイヤが真上に高く跳躍した。
「そら、ドワーフ特製の『粘性油』の原液だ! たっぷり味わいな!」
彼女が投げつけた小瓶がゴーレムの背中に激突し、パリンと割れる。中から溢れ出したドロドロの緑色の液体が、高熱の装甲に触れて瞬時に気化・凝固し、背中と関節部の排気口をベッタリと塞ぎ込んだ。
「プシュッ……! 警告。排熱機能ニ、異常発生。炉心温度、急上昇……」
ゴーレムの動きがピタリと止まり、全身の隙間から漏れる光が、オレンジ色から危険な赤紫へと変色していく。内部から、金属がひしゃげるようなギリギリという嫌な音が鳴り始めた。もう一体のゴーレムも、予期せぬエラーに動きを止めている。
「ステラ! 今だ、トドメを!」
俺の合図を受け、すでに極限まで魔力を練り上げていたステラが一歩前に出た。
「吹き飛べ……ッ! 『極大雷槍』!!」
彼女の樫の杖の先端から、限界まで圧縮された青白い雷の槍が放たれる。
それは、熱暴走で脆くなっていたゴーレムの胸部装甲の中央――魔力炉心があるであろう部分へ、一直線に突き刺さった。
ガガガガガガッ!!
閃光が渓谷を青白く染め上げ、雷と暴走した熱エネルギーがゴーレムの内部で臨界点に達する。
「全員、伏せろ!」
俺たちは岩陰に身を投げ出した。
直後、ゴーレムの上半身が内側から凄まじい大爆発を起こし、無数の黒鉄の破片と歯車が四方八方に吹き飛んだ。熱風が通り過ぎ、静寂が戻った後には、下半身だけを残して完全に沈黙した鉄巨人の残骸が、くすぶる黒煙を上げていた。残ったもう一体も、戦闘継続不可能と判断したのか、活動を停止して待機状態へと戻っていく。
「……はぁ、はぁ。やった、のか……?」
テオが恐る恐る顔を上げる。
「ああ。完璧な連携だったな、テオ、ステラ。マイヤも、ナイスアシストだ」
俺が折れた剣を鞘に収めると、マイヤは得意げに鼻の頭を擦った。
強大な防衛兵器を、力押しではなく知恵と連携で突破した。
王都での敗北を経て、俺たちの「個」の力は、確かな「チーム」の力へと進化しつつあった。
その時だ。
ギゴゴゴゴゴゴ……!
地響きのような重い音と共に、俺たちの目の前にある赤銅の巨大な門が、ゆっくりと内側に向かって開き始めた。そこから漏れ出す圧倒的な熱気と、カンッ、カンッ、という規則正しい鉄を打つ音。
「よくぞ我が国の蒸機兵を退けた。入るがよい、地上の若き戦士たちよ」
門の奥、眩い炉の光を背にして立っていたのは、俺の腰の半分ほどの背丈しかない、しかし岩のように強靭な肉体と長い髭を持つ、本物のドワーフだった。
俺は歩み寄り、村長から託された赤銅のペンダントを真っ直ぐに差し出した。
「麓の村の紹介で来た。俺の折れた剣を打ち直すため……『狂腕のバルゴ』という男を探している」
俺の口から出たその名前に、出迎えたドワーフの顔色が、明らかに強張ったのを俺は見逃さなかった。




