第42話 旅立ちの準備
王都での完全な敗北から、およそ一ヶ月。
俺たちの折れた骨や裂けた筋肉は、ギルドの手厚い治癒魔法と静養によって、ようやく完全に癒えていた。
「……よし、身体の芯のブレは無くなった」
ランカの街の外れ。俺はメリルから借りた頑丈な木剣を振り抜き、額の汗を拭った。魔力を極限まで練り込んでも、肉体が悲鳴を上げることはない。完治だ。
「お疲れ様、ルシアくん。タオルとお水だよ」
「ありがとう、ステラ」
見学していたステラから水を受け取り、喉を潤す。彼女もまた、この一ヶ月間で魔力の精密なコントロール訓練を独自に始め、その顔つきは以前よりもずっと大人びて見えた。
「二人とも、今後のルートについての資料がまとまったよ」
ギルドの資料室から大量の羊皮紙を抱えてきたテオが、丸太のテーブルに地図を広げた。
「メリルさんが言っていた、北のドワーフの秘境と、南のエルフの村。どっちを先にするかの相談だね」
テオが地図の北と南を指差す。
王都での一件により、俺たちはすでに「国家反逆の大罪人」として手配書が出回り始めているらしい。このランカの街に長居すれば、いずれ討伐隊が押し寄せ、街の人々を巻き込んでしまう。旅立ちは急務だった。
「俺は、北のドワーフの秘境を推す」
俺が地図の北側――険しい山脈が連なる地域を指差すと、テオも深く頷いた。
「僕も同意見だよ。今のルシアくんにはまともな武器がないし、僕の『アマル』も完全に機能停止したままだ。ステラちゃんの魔法は強力だけど、前衛と防御を担う僕たちがこのままじゃ、道中の強力な魔物にも太刀打ちできないからね」
「私も賛成。ルシアくんの新しい剣と、アマルちゃんの修復が最優先だよ。私の修行は、二人の背中をちゃんと守れるようになってから南でじっくりやるわ」
ステラが力強く微笑む。
行き先は決まった。まずは大陸の北、神代の鍛冶技術が眠る霊峰だ。
方針が決まれば、行動は早い。
俺たちは手配書から身を隠すための、深く顔を覆える濃緑色の旅の外套を調達した。
さらに、長旅に耐えうる保存食、野営具、そしてテオはアマルの修復に使えるかもしれない辺境の希少鉱石をありったけカバンに詰め込んだ。
翌朝。朝靄が立ち込めるランカの正門前に、俺たちは立っていた。
見送りに来てくれたのは、ギルドマスターのメリルただ一人だ。街の連中に大々的に見送られれば、彼らを『反逆者の逃亡を幇助した罪』に巻き込んでしまうからだ。
「準備は万端みたいだね」
メリルはキャンディを噛み砕き、俺たち三人を眩しそうに見つめた。
「ああ。あんたには、最後まで世話になりっぱなしだったな」
「気にするな。お前らが最強になって、あのクソったれな魔族をぶっ飛ばしてくれれば、それが一番の恩返しさ。……ルシア、テオ、ステラ。死ぬんじゃないよ」
「もちろんだ」
「行ってきます、メリルさん!」
「必ず、強くなって帰ってきます!」
俺たちは深くフードを被り、メリルに背を向けた。
折れた剣の柄を腰に差し、機能停止した黒いスライムの核を胸に抱き、ただ己の魔力だけを信じて。
国家から追われる大罪人となった、落ちこぼれの三人。
自分たちの弱さを知り、世界の深淵を垣間見た俺たちの、本当の意味での「冒険」が、今ここから始まる。




