第41話 新世界への道標
「……いい顔してるじゃないか、バカども」
医務室の扉が開き、ギルドマスターのメリルが姿を現した。彼女はいつも通りキャンディを転がしながら、俺たちの顔を順番に見渡してフッと笑った。
「絶望して泣き喚いてたらぶん殴ってやろうと思ってたが、その必要はなさそうだね」
「心配かけたな、メリル。でも、俺たちはもう前しか見てない」
俺が答えると、メリルは丸椅子を引き寄せ、ベッドの脇にどかと腰を下ろした。その表情が、いつになく真剣なものに変わる。
「お前らが王都の地下で遭遇した『ザガン』とかいう魔族。奴が『自分は下位魔族だ』と名乗ったのは、ハッタリでも何でもない事実だろうね」
「メリル、あんた魔族について詳しいのか?」
テオの問いに、メリルは少しだけ遠い目をした。
「昔、この辺境に流れ着く前にね。ちょっとばかりヤバい連中と世界中を飛び回ってた時期があってさ。その時に嫌ってほど思い知らされたんだよ。人間の常識が一切通じない『深淵の理』ってやつをね」
メリルは俺の折れた黒狼を指差した。
「ルシア、お前の剣技は人間の中じゃ間違いなく頂点クラスだ。だが、ただの鋼じゃ魔族の肉体は斬れない。奴らはこの世界の物理法則から半ば外れた存在だ。斬るには、神代の鉱石を打ち直せる『神業』が必要になる」
「神業……」
「ああ。この大陸の遥か北、険しい霊峰の奥深くに隠れ住む『ドワーフの秘境』。そこに行けば、お前の剣を打ち直せる最高峰の鍛冶師がいる。テオ、お前のそのスライムの核も、ドワーフの古代技術なら修復、いや、さらなる進化ができるはずだ」
テオの目に、パッと希望の光が宿った。
メリルは次に、ステラの方を向いた。
「ステラ。お前の魔力量は文字通り規格外だ。だが、自分の内側にある魔力だけをぶつける力任せの魔法じゃ、魔族の『理』には勝てない。奴らの魔法を喰い破るには、世界の魔力そのものを味方につける術を学ぶ必要がある」
「世界の魔力……」
「大陸の南、足を踏み入れた者が二度と帰らないと言われる『南のエルフの村』。そこで魔法の理を学べば、お前の魔法は魔族すら焼き尽くす本当の脅威になるだろうよ」
北のドワーフと、南のエルフ。
王都という狭い鳥籠の中で生きてきた俺たちにとって、それは初めて示された広大な「世界」への道標だった。
「どっちから行くかは、お前らで決めな。ただし……」
メリルはそこで言葉を区切り、重く息を吐いた。
「王都のトップが丸ごと消滅したんだ。国がこのまま黙っているわけがない。お前らは近いうちに、英雄どころか、この国を崩壊させた『大罪人』として手配されることになる」
その言葉に、部屋の空気がピンと張り詰めた。
強くなるための旅は、同時に、国家から追われる過酷な逃避行になるという宣告だった。
「上等だ」
俺は折れた黒狼を鞘に収め、迷いなく言った。
「どっちみち、俺たちはこの国に未練なんてない。最強になって、あのザガンを叩き斬る。そのための旅なら、どんな地獄だろうと越えてみせるさ」
俺の言葉に、テオとステラも強く頷いた。
敗北の傷跡を残した辺境の医務室で、三人の反逆者たちは、未知なる広大な世界へと足を踏み出す決意を固めたのだった。




