第40話 静かなる決意
辺境都市ランカの冒険者ギルド、その奥にある医務室。
軋むベッドの上で目を覚ますと、窓の外はすでに深い夕闇に包まれていた。
「……ルシアくん、気がついた?」
隣のベッドから、ステラが弱々しい声で尋ねてきた。彼女も全身に包帯を巻かれている。
さらにその奥では、テオが手のひらサイズの真っ黒なスライム——形を維持できなくなったアマル——を両手で包み込むようにして座っていた。
「ああ。……ここは、ランカか」
俺はゆっくりと身を起こした。全身の骨や筋肉が悲鳴を上げたが、致命傷は塞がっている。メリルたちが王都から俺たちを運び出し、ギルドの治癒魔法で手当てをしてくれたのだろう。
ベッドの脇にある小さな机の上には、見慣れた、しかし変わり果てた二つのものが置かれていた。
刀身の半ばで無残に砕け散った俺の愛剣「黒狼」と、かつての輝きを完全に失ったスライムの核だ。
「アマルは……コアが完全に機能停止している。僕の今の技術じゃ、もうどうにもできない……」
テオが俯き、絞り出すように言った。
「私の魔法も、あの魔族には……ううん、お兄様の悪魔の力にすら、全く歯が立たなかった。全部食べられちゃった……」
ステラの声も震えている。
無理もない。俺たちは、学園の落ちこぼれから辺境の英雄へと成り上がり、自分たちの力はどこでも通用すると無意識に自惚れていたのだ。
だが、王都の地下で待っていた現実は違った。
俺の剣は届かず、テオの盾は砕かれ、ステラの魔法は通じない。最後は、下位魔族と名乗る男の気まぐれで見逃されただけ。
圧倒的な敗北。完全なる力の差。
俺は、折れた黒狼の柄をそっと握りしめた。
「……悔しいな」
その一言に、ステラとテオが顔を上げた。
俺の目からは涙は出なかった。代わりに、胸の奥で、かつてないほど冷たく、そして強烈な炎が燃え上がるのを感じていた。
「俺たちは井の中の蛙だった。あのザガンって魔族が言った通り、まだまだ青くて、未熟で、弱い。……だが、だからこそ、まだ強くなれる」
俺は折れた刃を真っ直ぐに見つめ、二人に向き直った。
「泣いてる暇はない。俺はもっと強くなる。この剣より硬く、あの悪魔より速く、魔族の理不尽すら叩き斬れる力を手に入れる。……二人はどうする?」
俺の問いかけに、部屋は少しの間、静まり返った。
やがて、テオが両手で包んでいたアマルを胸に抱き寄せ、力強く頷いた。
「……僕も、諦めない。アマルを必ず直す。そして、今度こそルシアくんたちを絶対に傷つけさせない、本当の『絶対防壁』を創り出してみせるよ」
ステラもまた、ベッドの傍らに立てかけられた樫の杖を握りしめ、瞳に確かな光を宿して言った。
「私も。もう誰も私の魔法を『食べられない』くらい、魔力の密度も、威力も、全部底上げする。ルシアくんとテオくんの背中を、絶対に守るから」
三人の心は、同じ場所を向いていた。
絶望的な敗北は、俺たちの心をへし折るどころか、より強靭な刃へと鍛え上げるための最高の燃料となったのだ。
「よし。傷が治ったら、すぐに準備だ。もう一度、ゼロからやり直そう」
薄暗い医務室の中で、落ちこぼれと呼ばれた三人の、静かで、しかし決して消えない反逆の炎が再び灯った。




