第39話 遅れてきた後方支援
ザガンが消え去った「星無き間」には、死のような静寂だけが残されていた。
天井からは崩れた石の粉がパラパラと降り注ぎ、床は黒い灰と血で汚れきっている。
魔力も体力も完全に底を突いた俺は、折れた黒狼を杖代わりにして、なんとかその場に座り込んでいた。
「ルシアくん……ごめんね。私、何も、できなかった……」
ステラが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺の隣でうずくまる。
「僕のせいだ……アマルを、僕が巻き込んだから……!」
テオは手のひらサイズになってしまった真っ黒なスライムを抱きしめ、子供のように声を上げて泣きじゃくっていた。
俺は二人に気の利いた言葉をかけることすらできず、ただ薄暗い天井を見上げた。
腐敗した上層部は消滅した。だが、それは俺たちが倒したわけではなく、悪魔の自壊によるものだ。
俺たちは完全に手も足も出ず、下位魔族のザガンに見逃されたに過ぎない。
圧倒的な敗北。その事実が、全身の痛みを上回る重さで心にのしかかっていた。
その時だった。
ガツッ、ガツッ、と。
地下へと続く隠し階段から、多数の荒々しい足音が聞こえてきたのだ。
「……!」
俺は咄嗟に折れた黒狼を握り直した。
王都の近衛兵の生き残りか。今の俺たちには、ただの兵士一人を止める力すら残されていない。
俺はステラとテオを庇うように前に立ち、足音の主を睨みつけた。
「おいおい、なんだいこの惨状は。城の正門からここまで、扉という扉が全部綺麗に真っ二つにされてたよ」
煙草の煙と共に、ひどく聞き慣れた、そして今は何よりも頼もしい声が響いた。
階段から姿を現したのは、巨大な戦斧を肩に担いだギルドマスターのメリルだった。その後ろには、ランカの街の冒険者たちが数十人、完全武装で息を切らして立っている。
「メリル……? なんで、あんたたちが王都に……」
「なんでじゃないよ、この馬鹿どもが!」
メリルはギリッとキャンディを噛み砕き、俺たちを見て安堵と呆れが混ざったような深いため息をついた。
「お前らが出発した直後、私権限でギルドに緊急クエストを発令したんだ。『バカ三人の後方支援および王都住民の避難誘導』ってね。ランカ中の冒険者をかき集めて、お前らの後を全速力で追いかけたんだよ」
「……気づかなかった」
「そりゃそうさ。あの銀狼の常識外れのスピードに追いつけるわけがないだろう! 私たちは完全に置いてけぼりを食らって、ずっと馬を走らせてたんだ。着いた頃には、防衛線の兵士は全員武器だけ斬られて腰を抜かしてるし、城の地下はすり鉢みたいに陥没してるし……ったく、どっちが化物だか分かりゃしないね」
メリルはそう悪態をつきながら歩み寄り、俺の頭を乱暴に、だが優しく撫でた。
「……負けました。俺の剣は、届かなかった」
俺が絞り出すように言うと、メリルは俺の折れた黒狼と、テオが抱える動かないアマルを見て、すべてを悟ったように目を伏せた。
「……そうか。だが、お前たちは生きている。このクソみたいな王都の中枢に風穴を開けて、ちゃんと生きて私の前にいる。それで十分だ」
メリルは後ろの冒険者たちを振り返り、大声で指示を飛ばした。
「野郎ども! 王城は今、上層部が消えて大混乱だ! この隙に、この街を救った三人のバカな英雄を担いで、ずらかるぞ! 追手が来る前にランカへ帰還する!」
「「「おおォォォッ!!」」」
屈強な冒険者たちが駆け寄り、俺とステラ、そしてテオを背中に担ぎ上げる。
その温かい背中に触れた瞬間、張り詰めていた糸が切れ、俺の意識は深い泥のような眠りへと落ちていった。
俺たちの無謀な反逆は終わった。
だが、辺境の仲間たちに背負われながら、俺の胸の奥では「次は必ず叩き斬る」という新たな炎が、静かに、しかし確実に燃え始めていた。




