第37話 限界の代償
「いやあ、素晴らしい。本当に素晴らしいエンターテイメントだ」
星無き間の暗がりから現れたザガンは、心底楽しそうに拍手をしながら俺たちを見下ろした。
「ザ、ガン……!」
俺は折れた黒狼の柄を握りしめたまま、ザガンを睨みつける。
「邪魔しないでくれたまえ、ルシアくん。今まさに、君のお兄様が君を肉片に変える、最高のクライマックスなんだから」
ザガンの言葉に呼応するように、ガルスが俺の頭上高く、肥大化した漆黒の腕を振り上げた。
「シネェェェ……ルシアァァァッ!!」
圧倒的な質量と殺意が、俺の脳天へ向かって叩き落とされる。
避けられない。防げない。
死を覚悟した、その瞬間だった。
――グチャァッ。
何か、巨大な水風船が破裂したような、ひどく湿った異音が星無き間に響いた。
俺の頭のわずか数センチ上で、ガルスの巨大な拳がピタリと止まっている。
いや、止まったのではない。
「……ア? ァ……?」
ガルスが、間抜けな声を漏らした。
振り下ろされた彼自身の右腕が、内側からボコボコと膨れ上がり、黒い血と肉片を撒き散らしながらドロドロに溶け落ちていたのだ。
「ガ、アァァァァァッ!?」
激痛に絶叫しながら後ずさるガルス。
だが、崩壊は右腕だけにとどまらなかった。悪魔の鱗に覆われた強靭な胴体が、内側から突き破られるように裂け、どす黒い瘴気が間欠泉のように噴き出していく。
「ナゼダ……! チカラガ、オレノ、チカラガァァァッ!!」
「あーあ。もたなかったか」
ザガンが、まるで壊れたおもちゃを見るような、つまらなそうな声を出した。
「人間の脆弱な器で、強大な悪魔の力と無限の魔力に耐えられるわけがないだろう? 憎悪と絶望で一時的にリミッターを外していただけ。君の肉体はもう、内側から完全に焼き切れているんだよ」
ザガンの残酷な宣告に、ガルスは絶望の表情を浮かべた。
人間としての理性を失い、すべてを悪魔の力に委ねた代償。
それは、自らの肉体と魂の完全な自壊だった。
「ルシ、ア……オレハ、エリート……アアアアアアアアアッ!!」
最後に残った人間の顔の半分から血の涙を流し、ガルスはもがき苦しみながら絶叫する。
膨れ上がった魔力が制御を失い、ガルスの巨体は内側からひび割れ、強烈な閃光を放ち始めた。
俺は、ボロボロの体で立ち上がり、かつて兄だったその肉塊をただ静かに見つめていた。
俺の剣は届かず、俺たちは完全に負けた。
だが、国を売り、家族を売り、魂まで売って得た力に呑まれた兄もまた、俺を殺すことはできなかった。
ドシュウゥゥゥッ……!
凄まじい音と共にガルスの体が内側から弾け、大量の黒い灰となって星無き間に降り注ぐ。
俺たちを絶望の底に突き落とした圧倒的な暴力は、誰の勝利でもなく、ただ醜い自壊という形で終わりを告げたのだった。




