第36話 砕け散る剣と盾
壁に激突し、肺から空気を吐き出した俺を、悪魔と化したガルスが見下ろしていた。
その右腕には、先ほどアマルの防壁をヒビ割らせた漆黒の球体が、さらに巨大に圧縮されていく。空間が悲鳴を上げ、星無き間全体がその質量に引っ張られるように震えていた。
「シネ……ルシアァァッ!!」
ガルスが巨大な漆黒の塊を振り下ろす。
避けられない。直撃すれば、俺の身体強化など消し飛び、塵一つ残らないだろう。
「ルシアくん!! アマル、最大展開!!」
テオの悲痛な叫び声と共に、銀色の巨体が俺の上に覆い被さった。
希少鉱石を練り込んだアマルの流体金属が、俺を庇うように何重ものドームを形成する。
直後、星無き間を白く染め上げるほどの破壊の閃光と轟音が弾けた。
ズガァァァァァァァンッ!!!
「ピュ……ギィィィィィィッ!!」
アマルの絶叫。
絶対防壁が、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。
流体金属の身体が凄まじい熱量で蒸発し、四散していく。
衝撃の余波だけで俺の身体は再び吹き飛ばされ、床を何度も転がった。
「アマル!! 嘘だ、アマル!!」
テオが泣き叫びながら駆け寄る。
そこには、頼もしい銀狼の姿はなかった。金属の輝きを完全に失い、手のひらサイズまで縮んだ真っ黒なスライムが、ピクピクと微かに痙攣しているだけだった。
魔道具のコアが破壊され、形を維持することすらできなくなったのだ。
「……よくも、テオの相棒を」
俺は全身の骨が軋むのを無視して立ち上がり、黒狼を構えた。
魔力を限界のさらに先まで注ぎ込む。刀身が黒いオーラを纏い、空気を切り裂く音を立てる。
俺のすべてを賭けた、最後の一撃。
「オオオオオオッ!!」
ガルスが迎え撃つように巨大な爪を振り下ろす。
俺はその爪を躱さず、真っ向から黒狼を叩きつけた。
ガァァァァンッ!!!
火花が散り、鋼と悪魔の硬い鱗が激突する。
だが、その拮抗は残酷な音によって破られた。
パキッ……。
俺の愛剣、いかなる魔物も両断してきた黒狼の刀身に、亀裂が走った。
そして次の瞬間、甲高い音と共に、黒狼は無残に砕け散った。
「な……」
剣を失った俺の胸ぐらを、ガルスの巨大な腕が掴み上げる。
そのまま床へ叩きつけられ、俺はついに力尽きて膝をついた。
剣も、盾も、何もかもが通じない。これが、どうしようもない力の壁。
「アハハハハ……! ルシア、オマエ、ミジメダナァ……!」
ガルスが勝利を確信し、俺の頭を握り潰そうと手を伸ばした。
ステラが魔力切れで倒れ込みながら絶望の涙を流し、テオが動かないアマルを抱きしめて嗚咽する。
完全に、終わった。
そう思った時だった。
パチ、パチ、パチ、パチ。
静まり返った絶望の空間に、場違いな拍手の音が響き渡った。
「いやあ、素晴らしい。本当に素晴らしいエンターテイメントだ」
星無き間の深い影の中から、漆黒の外套を羽織った男が、心底楽しそうな笑顔で歩み出てきた。
魔族、ザガン。
すべての元凶が、俺たちの無惨な敗北を見届けるための特等席から、ついに姿を現したのだ。




