第35話 蹂躙される希望
石畳に転がったガルスの太い右腕。
勝利の確信が俺たちの脳裏をよぎったのは、ほんの一瞬のことだった。
「ギ、ギギ……アハハハハハハッ!!」
右腕を失ったはずのガルスが、狂ったように笑い声を上げた。
切断面からドス黒い瘴気が激しく噴き出したかと思うと、肉と骨が泥のように蠢き、瞬く間に真新しい、しかも先ほどよりさらに一回り巨大な右腕が再生したのだ。
「嘘……でしょ……? 腕が、一瞬で……」
ステラが絶望に顔を引きつらせる。
悪魔の再生能力。人間の生物的な限界を完全に無視した、理不尽な力の顕現だった。
ガルスは再生した右腕を軽く振ると、その掌に漆黒の魔力を高密度に圧縮し始めた。
先ほどの荒削りな炎とは次元が違う。空間そのものが歪み、光すらも吸い込むような絶対的な破壊の球体。
「来るよ! ステラちゃん、全力で相殺して!」
「わかってる……極大魔力相殺!!」
ステラが限界を超える魔力を振り絞り、光の奔流を放つ。
だが、ガルスが漆黒の球体を無造作に投げ放った瞬間、ステラの魔法はそれに触れた端から黒い渦に飲み込まれ、何の抵抗もできずに完全に掻き消されてしまった。
「私の魔法が……食べられた!?」
「アマル、最大出力だ!!」
テオの悲痛な叫びと共に、銀狼アマルがステラの前に飛び出し、流体金属の装甲を限界まで分厚く展開する。
ズドォォォォォンッ!!!
漆黒の球体がアマルの防壁に直撃した。
先ほどまで悪魔の全力の打撃を無傷で防いでいた絶対防壁。
しかし、その表面にピキピキと亀裂が走り、悲鳴のような甲高い金属音が星無き間に響き渡る。
「ピュ、ピュイィィィィッ……!」
「アマル! 駄目だ、装甲が耐えきれない! 魔力の質が違いすぎる!」
テオが顔を青ざめ、必死に魔道具の出力を上げるが、亀裂は容赦なく広がっていく。
「くそっ!」
俺は防壁が破られる前に、再び爆発的な踏み込みでガルスへと肉薄した。
再生能力があるなら、再生が追いつかない速度で細切れにするまでだ。
黒狼を構え、神速の連撃を放つ。
ガキンッ!!
だが、俺の全力の剣撃は、ガルスの黒い鱗に覆われた左腕によって、いとも容易く受け止められていた。
「な……」
「オソイ……。ルシア……オマエ、ヨワイナァ……!」
悪魔の嘲笑。
先ほど腕を斬り飛ばせたのは、俺の剣が上回っていたからではない。単にガルスがまだ悪魔の力に順応していなかっただけなのだ。
完全に覚醒した悪魔の前に、俺の剣技も、ステラの魔法も、テオの防壁も、すべてが赤子扱いされていた。
「ガァァァァッ!!」
ガルスが腕を振り払うと、凄まじい衝撃波が発生し、俺は紙切れのように吹き飛ばされた。
背中から壁に激突し、肺の空気が強制的に吐き出される。
「ルシアくん!!」
圧倒的な「暴力」が、俺たちの希望を無惨に蹂躙していく。
これが、禁忌の魔導書がもたらした、国家のトップすら一瞬で消し飛ばす真の絶望だった。




