第34話 死闘開始
血の海と化した星無き間に、鼓膜を劈くような獣の咆哮が響き渡る。
「ルシアァァァァッ!!」
悪魔と化したガルスが、床の石畳を粉砕しながら一直線に俺へと突進してきた。
その速度は、第一魔導騎士団のエリート隊長だった頃とは比較にならない。目で追うことすら困難な、純粋な暴力の塊だ。
だが、俺は一歩も退かなかった。
「アマル!」
「ピュイォォォッ!」
テオの声に応え、巨大な銀狼アマルが俺の前に立ち塞がり、希少鉱石を練り込んだ流体金属の絶対防壁を展開する。
直後、凄まじい激突音が地下室を揺らした。
ガルスの丸太のような豪腕が防壁に叩き込まれ、火花と衝撃波が吹き荒れる。
「す、すごい力だ……! でも、今のアマルの装甲なら耐えられる!」
テオが叫ぶ通り、アマルの防壁は悪魔の全力の一撃を受け止め、表面にわずかな波紋を立てただけで完全に防ぎ切っていた。辺境での徹夜の強化は、決して無駄ではなかったのだ。
「ギィィィッ!」
物理攻撃が通じないと見るや、ガルスは即座に後方へ跳躍し、残った左手から禍々しい漆黒の炎を無数に生み出した。魔法の詠唱すら必要としない、悪魔の理不尽な魔力放出。
「させないよ! 魔力相殺!」
ステラが一歩前に出て、樫の杖を振るう。
彼女の内から溢れる規格外の魔力が光の網となって広がり、ガルスが放った漆黒の炎を空中で次々と捉え、相殺していく。
相変わらずの大雑把な魔力操作だが、暴力的なまでの出力が敵の魔法を完全に封じ込めていた。
「今だ、ルシアくん!」
ステラが作り出した一瞬の隙。
俺はアマルの防壁を蹴り、爆発的な踏み込みでガルスとの間合いをゼロにした。
「ガァァァッ!?」
「俺からすべてを奪った天才が、ずいぶんと醜い姿になったな」
俺は極限まで身体強化の魔力を練り上げた黒狼を、上段から一気に振り下ろした。
ガルスは咄嗟に右腕を交差させて防御しようとしたが、遅い。
悪魔の硬い鱗も、異常に発達した筋肉も、俺の極限まで研ぎ澄まされた物理的な斬撃の前では意味を成さない。
ズバァァァンッ!!
「ギャアアアアアアアアッ!!」
黒い血飛沫が舞い上がり、ガルスの太い右腕が肩の付け根から綺麗に宙を舞った。
ドサリと、切り落とされた巨大な腕が石畳に転がる。
ガルスはかつてない苦痛に顔を歪め、漆黒の体液を撒き散らしながら大きく後退した。
「やった……! ルシアくんの剣が、悪魔に通用した!」
テオが歓声を上げ、ステラも安堵の表情を見せる。
俺も油断なく黒狼の刃を返し、ガルスの動きを警戒した。
どれだけ魔力と肉体が膨れ上がろうと、物理的に斬り裂けば確実にダメージは通る。
絶望的な異形を前にしても、俺たちの連携とそれぞれの力は、確かに敵の脅威を上回っていた。
(いける……!)
落ちこぼれと呼ばれた三人が、最凶の悪魔に対して勝利の糸口を掴んだ、確かな瞬間だった。




