第32話 星無き間
王都の象徴である白亜の城。その内部は、すでに大混乱に陥っていた。
正門の絶対防衛線が一瞬で突破されたという報せは、城内の近衛兵たちの戦意を完全にへし折っていた。
「どけ。無駄な血は流したくない」
アマルから降りた俺が黒狼を構えて静かに言い放つと、完全武装の兵士たちは怯えきった顔で道を空けた。
俺たちは迷うことなく、城の最深部へと続く隠し階段を下っていく。
テオの魔道具が、地下から漏れ出す微弱だが特異な魔力反応を正確に捉えていた。
陽の光すら届かない、冷たく湿った地下道。
その最奥に、分厚い魔法障壁で守られた巨大な鉄の扉があった。
「ステラ」
「うん。……開け!」
ステラが杖を振るい、障壁の魔力を一瞬で相殺して霧散させる。
すかさず俺が黒狼を一閃し、巨大な鉄扉を十字に両断して蹴り破った。
凄まじい轟音と共に扉が吹き飛び、俺たちは「星無き間」と呼ばれる秘密の円卓会議室へと踏み込んだ。
「な、何事だ!?」
「貴様ら、ここをどこだと……!」
円卓を囲んでいた三人の老人たちが、驚愕に顔を歪めて立ち上がる。
国政を牛耳る宰相、国教会の教皇。
そして、俺を実家から追放した張本人である父親、レイモン公爵だ。
「……ルシア。魔力ゼロの出来損ないが、よくもここまで這い上がってきたものだ」
父親は驚きをすぐに冷徹な怒りへと変え、俺を汚物でも見るかのように睨みつけた。
「第一魔導騎士団を壊滅させたばかりか、王都にまで牙を剥くとは。どこまで我が一族の顔に泥を塗れば気が済むのだ、この恥晒しめ」
「一族の顔? 国家の誇り? 笑わせるな」
俺は黒狼の切っ先を、真っ直ぐに父親の喉元へと向けた。
「自分たちの権力と金のために、意図して辺境に魔物を解き放ち、無実の民を犠牲にしようとした。そんな腐りきった連中が、どの口で国を語る」
俺の言葉に、宰相が忌々しそうに鼻を鳴らした。
「たかが辺境のゴミ共が数万人死んだところで、国家の運営には何の支障もない。むしろ、我々が王国の永遠の繁栄を築くための尊い礎となるのだ。力を持たぬ者など、我々特権階級に搾取されるためだけに生きているのだからな」
「……最低。あなたたち、本当に人間の心を持ってるの?」
ステラが怒りで声を震わせる。テオも拳を固く握り締めていた。
「話すだけ無駄だ。お前たちのその腐った性根ごと、俺がここで叩き斬る」
俺が踏み込もうとした、その瞬間だった。
――ドクンッ。
心臓を鷲掴みにされるような、異様な鼓動の音が地下室全体に響き渡った。
同時に、床の石畳の隙間から、ドロドロとした漆黒の瘴気が溢れ出し始めたのだ。
「な、なんだこれは!?」
「ヒィッ……! 空気が、凍る……!」
教皇と宰相が悲鳴を上げ、後ずさる。
ランタンの火が一瞬にして掻き消え、部屋の温度が急激に低下していく。
ステラもテオも、その底知れぬ禍々しい気配に顔を青ざめ、一歩後退した。俺でさえ、本能的な悪寒に全身の産毛が逆立つのが分かった。
「ふふ、ふはははは! 素晴らしい!」
その絶望的な空気の中で、父親のレイモンだけが狂ったように笑い声を上げた。
「見ろ、ルシア! お前が叩き潰したガルスが、今や最高の兵器として目覚めようとしているのだ! これこそが悪魔の力! お前のようなゴミなど、一瞬で塵に変える絶対的な暴力だ!」
漆黒の瘴気が部屋の中央で渦を巻き、一つの巨大な影を形成していく。
俺はその異形の気配から、微かに、しかし確かな兄の残り香を感じ取っていた。
「ガルス……お前、本当に……」
腐敗した権力者たちの滑稽な笑い声と、現世の理から外れた悪魔の産声。
王都の最深部で、かつてない最悪の絶望が顕現しようとしていた。




