7生 ep.6
アルテリの拠点は、今や鉄壁の要塞と化していた。
エンヴァの周囲を固めるのは、かつて彼女に「命」を救われ、あるいはその圧倒的な「恐怖」に魂を売った、忠誠心の高い少年たちの精鋭だ。
組織の規律は苛烈を極めた。
わずかでも歯向かう兆しを見せた者は、見せしめとして、広場で手足を縛られ生きたまま焼き尽くされる「火刑」に処されるか、あるいは鉄籠に入れられ、帝都を流れる凍てついた川の底へとドボンと水牢ごと沈められた。
その徹底した排除の果てに、アルテリはもはや単なるギャングではなく、エンヴァという一つの意志で動く「軍勢」へと変貌を遂げていた。
だが、この変化を面白く思わない者たちもいた。
「……最近、警部の様子がおかしい。上納金がさっぱり届かなくなったぞ」
これまでの甘い汁を吸えなくなった強欲な警官たちが、苛立ち紛れにアルテリの構成員の一人を不当に逮捕した。
それは、かつての「力関係」を取り戻そうとする、警察側のささやかな抵抗だった。
しかし、その翌朝。 その警官は、行方不明になっていた自分の妻と共に、郊外の荒野で生きたまま土葬され、昨日の日付が入った墓まで建てられた状態で発見された。
二人の遺体——あるいは、まだ僅かに温もりの残る残骸
——の胸ポケットには、一通の手紙が添えられていた。
『何もしなければ、何も起こらないわ。』
その、あどけない少女の筆跡で書かれた一行は、帝都の警察組織全員の背筋を凍らせるに十分だった。
家族さえも道連れに、文字通り「存在を抹消する」という底知れない残虐性と、警察の動向を完全に把握している情報網。
「……あのガキは、人間じゃない。……魔女だ」
それ以来、帝都の警察がアルテリの少年たちに手を出すことは二度となかった。
「警察が法を守る必要なんてないわ。ただ、私に従っていればいいのよ。……お利口さんには、ご褒美を。愚か者には、等しく土のベッドを。ね?」
アルテリの少年達はエンヴァのこの言葉に背筋を凍らせるのだった。
「……今日から、これがお前たちの名前だ」
警部は、震える手で二通の書類を差し出した。
それは、帝政の厳しい監視を潜り抜け、警察の公印が押された「本物の戸籍」だった。
エンヴァの冷酷な手腕によって事実上の傀儡と化した警部は、表向きの彼女たちの「保護者」となる道を選ばされた。
かつて透明な存在だった母娘は、今日から彼の「義理の家族」として、この国の記録にその名を刻んだのである。
さらに、警部からの「贈り物」として用意されたのは、帝都の喧騒から少し離れた場所にある、ささやかなアパートの一室だった。
崩れかけた廃屋ではない。雨漏りもせず、鍵がしっかりとかかり、家賃を払うために身を削る必要もない、二人だけの城。
「……どうして。どうして、こんなに親切にしてくださるのですか?」
戸籍を得たことで、長年受けられなかった国からの配給——本物のパンやスープ——を手に、リーリャは戸惑いと共に警部に問いかけた。
彼女の瞳には、希望よりも先に「理由のない善意」への恐怖が浮かんでいる。
警部は、背後に立つ五歳の少女の視線を感じ、背筋に冷たい汗を流しながら、エンヴァに言わされた通りの言葉を口にした。
「……このエンヴァくんは、非常に聡明で、良い子だ。私は、彼女をぜひ養子に迎えたい……そう思ったのだよ。だから、母親である君にも不自由はさせたくない」
「エンヴァが……? そう、この子は本当に良い子なんです……」
リーリャは、愛おしそうに娘の頭を撫で、涙を浮かべた。
彼女は知らない。
警部がこれほどまでに怯えている理由を。
そして、自分が手に入れた「警察署内での清掃」という安定した職が、娘が裏で糸を引く「犯罪組織」の監視下にあるという事実を。
(……ええ。お母さまは、それでいいの)
エンヴァは母の腰にしがみつき、無邪気な子供の顔で微笑んだ。
もう、夜の街へ出る必要はない。
男たちの獣じみた息遣いに耐える必要もない。
母は、陽の当たる場所で働き、娘の成長を喜ぶ。
その「当たり前の幸せ」を維持するために、エンヴァは闇の中でその小さな手を血に染め続けるのだ。
「お母さま、よかったわね。これからは、毎日一緒にご飯が食べられるわ」
五歳の魔女が描いた、小さくて静かな、けれど絶対的な「楽園」。
それは、一枚の戸籍と、一軒のアパートから始まった。




