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転生の魔女  作者: RUSA
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6生 ep.28

「国の運営なんて、やりたい人が勝手にやればいいのよ。私は興味ないわ」


その一言で投げ出された帝国の政治の椅子。




だが皮肉なことに、エンヴァがとりあえず「適当に」選別した実務優先の将軍や文官たちは、これまでのどんな統治者よりも有能だった。




利権に狂った貴族も、教条主義の聖職者も、声だけは大きい無知な市民もいない。




ただ真面目に職務をこなすだけの「機械」のような普通の官僚機構が、かつてないスピードで国家を再建していく。






「エヴァ様! ついに船が揃いましたぞ! 準備は万端、今こそ海を越え、愚かな敵国に鉄槌を下す出陣の時です!」




執務室の重厚な扉を勢いよく開けて現れたのは、あの守備だけは一丁前だった老将


——今や帝国の全軍を束ねる「元帥」へと登り詰めていた。




戦功に飢えた彼の瞳は、かつての臆病さが嘘のようにギラついている。




「……不要よ。船は出しても、大砲を撃つ必要はないわ」


エンヴァは苺のショートケーキの最後の一欠片を口に運び、退屈そうに銀のスプーンを置いた。その黄金色の瞳には、戦争の熱狂など一滴も混じっていない。




「巡回する船団の数だけを増やして、あの国の物流を完全に遮断しなさい。……そう、食料攻めにするのよ」




「は……? ご随意に、ではありますが。……正面から踏み潰すのではなく、国ごと兵糧攻めに、と?」


「そうよ。無駄に街を焼いて、使える設備や土地を灰にするなんて非効率だわ。……降伏を申し出るなら、国民にはパンをあげなさい。飢え死にさせるのは『資源の無駄』よ」


少し考えて




「嫌がらせに少人数で畑や穀物倉庫を焼いて回る部隊を送る程度なら出してもいいわ」




エンヴァは窓の外を眺めつつ冷ややかに微笑んだ。


「私の国民になるというのなら、いずれ彼らは帝国を支える大切な『労働力』になるのですもの。死人からは銅貨一枚のの利益も生まれないけれど、生かして働かせれば、死ぬまで富を産んでくれるわ」




「……っ。か、畏まりました! さすがはエヴァ様、慈悲深い……いえ、あまりに恐ろしい御考えだ」


元帥は背筋に走った冷たい戦慄を隠しきれず、深く、深く頭を垂れた。


彼女が与える「パン」は、救済などではない。


一生逃げられない鎖なのだと、彼は本能で理解した。




数ヶ月に及ぶ兵糧攻め。




帝国の胃袋を支える物流の心臓を握るエンヴァは、征服した十五の国々に対し、


「対象国への食料供給を一切禁ずる」




という厳命を下していた。


鉄の刃ではなく、空腹という名の静かな暴力。




それはかつての戦争よりもそして安価に敵を衰退させていた。


だが、完璧に見えたその「封鎖網」に、一筋の綻びが生じる。




「……報告書によれば、東の大国が動いたわね。」




工場の執務室、窓の外に広がる夕闇を見つめながら、エンヴァは冷ややかな声を落とした。




机の上に広げられたのは、密偵からもたらされた最新の物流記録。


そこには、封鎖されているはずの国境を越え、大量の穀物が船で運び込まれている事実が克明に記されていた。




「抵抗を続けるあの大国……。自分の国の民を食わせるより先に、隣国の『反乱分子』を太らせることを選んだわけね。実に効率的な選択ね」




「彼らにとっては、人道支援という名の『正義』のつもりよ、エヴァ」


クラリッサが、ため息混じりに眼鏡のブリッジを押し上げた。




「でも、その正義のせいで、私たちの計算より三ヶ月も『清算』が遅れているわ。密輸ルートを潰さない限り、あの国はまだ私の足元に跪こうとしない。……ねえ、エヴァ。そろそろ、あの老元帥の案にのってあげたら?」




「いいえ。大砲を撃つのは一番最後の、一番質の悪い解決策よ」


エンヴァは黄金色の瞳を細め、地図上の「東の大国」を指先でなぞった。




「密輸を行っているということは、それだけ彼らの国内の備蓄が減っているということ。……クラリッサ、密輸ルートをあえて『半分だけ』見逃しなさい。その代わり、裏でその大国の穀物市場を買い占めて、価格を十倍に吊り上げるの」




「……正義と自己満足の対価を、彼ら自身の胃袋で払わせるのね?」


「ええ。他人にパンを分け与える余裕なんて、三日もあれば消えるわ。……国民が飢え始めた時、その『正義感の強い大国』が、自分の国の民を救うために私の足元へパンを買いに来る姿。……ふふっ、想像するだけで甘美な光景だわ」




魔女は優雅に微笑み、密輸の報告書を豆を煮る暖炉へ放り込んだ。










十五の国を呑み込んだ「帝国」の拡大は、ある日を境にピタリと止まった。




さらなる領土、さらなる富、さらなる版図……。


周囲がそう期待し、あるいは恐れる中で、エンヴァはただ静かに




「これ以上はいらないわ」


と告げたのだ。




それが魔女としての直感なのか、あるいは冷徹な投資家としてのリスク回避なのかは、彼女自身にも分からなかった。






「……見て、エヴァ。東も西も、もはや国境線はただの『死体置き場』よ。食料の値段は通常時の20倍。あちらの民衆は、明日のパンのために自分の子供を売るか、あるいは帝国の慈悲を求めて暴動を起こすかの二択を迫られているわ」




クラリッサが差し出した報告書には、凄惨な飢餓の記録が綴られていた。


東西の大国との戦争は膠着状態に陥り、実戦こそないものの、帝国による物流支配が両国の胃袋をじわじわと破壊していた。




「それでも、まだ降伏の使者は来ないのね。ギリギリのところで踏みとどまっている……。意地かしら、それともただの無能かしら」




エンヴァは窓辺の特等席で、クリフが改良した「新型の肌着」のサンプルを膝に置きながら、退屈そうに目を細めた。




「エヴァ様、あまりあちらの心配をなさらないでください。今は、この帝国の『平和』を享受する時です」




イメルダが、香りの良いハーブティーを置いた。




「そうよ、エヴァ。政治の方は、あの民主主義の申し子みたいな『宰相』さんが、貴女の顔色を窺いながら必死に回しているわ。彼、貴女を『神聖不可侵の象徴』に祭り上げることで、国民の不満を逸らそうとしているみたい」




「……都合がいいわね。神様なら、面倒な議事録に目を通す必要もないし、予算案の修正で徹夜することもない。彼は実利を、私は『静かな時間』を手に入れる。……完璧なディールだと思わない?」




エンヴァは、クリフが誇らしげに持ってきた最新の試作品——驚くほど薄く、温かい冬用の生地——を指先でなぞった。




「ボス! その生地、次は量産体制に入ります。東の大国が飢えている間に、我々の国民は世界で一番温かい冬を過ごすことになる。これこそが、最高の勝利だと思いませんか?」




クリフの改良型肌着を手に取って一瞬チラリとクラリッサの胸に目を泳がせたエンヴァ。


「OKよ、量産をはじめて」


「わかりましたエヴァ様!」




「明日は仕事を休んで、内緒で市場へ行かない? 『神様』が不在の間、帝国がどれだけ上手く回っているか、この目で確かめておきたいの」




17歳になった魔女は、かつて自分を焼き尽くそうとした「民衆」を、今や神聖な象徴として導く立場にいた。




だが、彼女が本当に望んでいたのは、燃え盛る炎の中の救済でも、玉座の栄光でもない。


気心の知れた仲間たちと、ぬるくなった紅茶を飲みながら、新しい肌着の着心地について語り合う……そんな、どこまでも平坦で、おもしろおかしい「日常」だった。

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