6生 ep.22
ーーその翌日
「エヴァ様! エヴァ様!!」
案の定、エンヴァが朝食時に「そろそろ来るわよ」と予言した通り脂汗を流した議員たちが工場のエンヴァの執務室にアポも取らずに雪崩れ込んできた。
「砦が! 東の最終防衛線が落ちました! 敵はもうすぐそこまで……どうか、どうかまたあの奇跡を……!」
「……奇跡?何の話?そんなの知らないわ」
エンヴァは立ち上がることさえせず、這いつくばる大人たちを冷たく見下ろした。
「貴方たちが自分の無能で撒き散らした泥を、なぜ私が掃除しなければならないのかしら? ……清算は高くつくわよ。貴方たちの命と全財産くらいでは、半分にも足りないほどにね」
東方の砦を奪われ、王手をかけられた共和国。
救いを求める悲鳴は、昼夜を問わずエンヴァの工場の門前に打ち寄せていた。
しかし、かつて「救国の聖女」と呼ばれた少女は、頑なに一度閉ざした心のシャッターを開けることは無かった。
「——お願いです、エヴァ議員! この通りだ、どうか出陣を!」
執務室の床に額をこすりつける議員たちの姿を、エンヴァは黄金色の瞳で見下ろしていた。
手元には、クラリッサによって完璧な温度で淹れられた紅茶。
湯気の向こう側で、エンヴァの唇が残酷なほど美しく弧を描く。
「あら。前回の出兵の際、皆様は仰っていたではありませんか。『私のような小娘よりも、経験豊かな者の方がより戦果を上げられる』……と」
「そ、それは……あの時は、その……!」
「今も状況は同じですわ。兵力は互いに五万。数でいえば拮抗しています。でしたら、私のような『おままごと』の延長ではなく、皆様が望まれた通り、より『経験豊かな方』を総大将に据えるべきかと思いますけれど?」
エンヴァは優雅にティーカップを傾け、助けを求める視線を送る議員たちを、一言の下に切り捨てた。
「どうあっても、でございますか?」
「見て解らないの?私は豆を煮戻すのにとても忙しいの。」
議員たちが暖炉に目を向けると、エンヴァの言う通りコトコトと鍋に火がかけられている。
「豆……仕方ない。人選を急げ。これ以上小娘に縋っても時間の無駄だ」
這い出すように去っていく大人たちの背中を見送り、クラリッサが呆れたように溜息をつく。
「……意地が悪いわね、エヴァ。彼ら、顔が真っ青だったわよ」
「意地? 心外だわ。私はただ、彼らが自分で選んだ『正義』を尊重してあげただけ。……さあ、彼らがどんな『経験豊かな御仁』を連れてくるのか、見物ね」
議員たちの決定にょって次に戦場へ送られたのは、共和制に反旗を翻し、野に下っていた旧王党軍の陸軍大将であった。
「老獪」の二文字を絵に描いたようなその老将は、エンヴァのような「奇跡」は起こさなかったが、教科書通りの鉄壁の防衛陣を敷き、敵の首都への侵攻をピタリと止めてみせた。
そして戦況は、膠着。
だが、その「膠着」という名の現状維持こそが、共和国の命脈をじわじわと削り取っていく。
「……三ヶ月。長いわね、クラリッサ」
「ええ。前線からは毎日、膨大な食料と弾薬の要求が届いているわ。そして……『人間』の要求もね」
国家総動員法。
街からは、パンを焼き、馬車を操り、子供を抱いていたはずの大人たちが、次々と消えていった。
残されたのは、腹をすかせた子供の泣き声と、静まり返った市場だけ。
「私の工場はどうかしら?」
「幸い、うちは全員が子供と女でしょう? 徴兵の対象外よ。……皮肉なものね。外の世界が疲弊すればするほど、私たちの生産性が際立っていくなんて」
エンヴァは、窓の外を眺めた。
かつて活気に溢れていた王都の通りを歩くのは、今や兵士と、怯えた老人だけだ。
「……いいのよ。果実が熟して、地面に落ちるのを待っているだけ。……その時、一番安くその果実を拾い上げるのは、誰かしらね?」
エンヴァはそう言うと、冷めかけた紅茶を一口飲み、満足そうに目を細めた。




