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転生の魔女  作者: RUSA
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6生 ep.16

かつては国を揺るがす「特別な事件」であった処刑が、今や王都のありふれた日常風景と化していた。朝の鐘が鳴るのと変わらぬ頻度で、広場には鈍い鉄の断裂音が響き渡り、石畳は乾く暇もなく新しい「赤」に塗り替えられていく。




「……なんだか最近、処刑ばっかりね。少しは趣向を変えたらどうかしら。観衆もそろそろ飽きているわよ。興行としての価値が暴落しているわ」




エンヴァは、窓の外から微かに聞こえる民衆の「熱狂」——義務感すら漂う、どこか空疎な歓声を耳にしながら、退屈そうにティーカップをソーサーに戻した。




その黄金色の瞳は、断頭台から流れる血の色を、ただの「無駄な廃棄物」として眺めている。




「私の時は……あんなに、あっけなくはなかったわ」


ふと、無意識に言葉が零れ落ちた。 脳裏をよぎったのは、断頭台の冷たい刃ではない。




肌を焼き、肺を焦がし、視界のすべてを真っ赤な暴力で塗りつぶした、あの逃げ場のない「火あぶり」の刑だ。




薪が爆ぜる音、鼻を突く肉の焼ける臭い、そして自分を囲んで嘲笑っていた民衆の歪んだ顔。


「……っ」


エンヴァはハッとして、慌てて口をつぐんだ。 冷え切った紅茶に映る自分の顔が、一瞬だけ、かつての「生を諦めた魔女」に戻ったような気がして、彼女は乱暴に視線を逸らした。




「……『私の時は』?」


対面に座るクラリッサが、カップを口元へ運ぶ手を止め、訝しげに眉を寄せた。鋭い観察眼を持つ彼女の視線が、エンヴァのわずかな動揺を逃さず捉える。




「……何でもないわよ。」


エンヴァは努めて平然を装い、陶器のような白い指先で机の端を軽く叩いた。




指先に、まだあの時の熱が残っているような錯覚。


それを振り払うように、彼女は冷たい声で言葉を継いだ。




「とにかく、死を安売りしすぎよ。あれでは恐怖の価値が下がるわ。……さあ、次の議題に移りましょう。工場の納品スケジュールの方が、誰かの首の行方よりよっぽど重要だもの」


「そうね、エヴァ。貴女がそう言うなら、そういうことにしておくわ」


クラリッサは深追いをせず、肩をすくめて帳簿を開いた。




その黄金色の瞳には、死への恐怖も慈悲もなく、ただ「繰り返されるマンネリズム」への不満だけが揺れている。


「農地ではいくらでも働き手が必要だと言うのに。……ねえ、クラリッサ。いっそ一人いくらで死刑囚を私の工場へ払い下げられないものかしら? 首を落として土に還すより、死ぬまで働かせる方がよっぽど建設的だと思うのだけれど」


「埋めれば肥料になるしね」




縁起でもない、という言葉すら生温い提案をさらりと言ってのける親友に、クラリッサは紅茶に砂糖を落としながら、淡々と事務的な皮肉を添えた。




「本当ね。三日に一回は誰かの首が飛んでいるわ。このままのペースで人口を削り続けたら、王都から納税者がいなくなるのも時間の問題じゃないかしら? 処刑人の方だって、そろそろ過労で倒れる頃よ。ギロチンの刃を研ぐ暇もないって嘆いていたわ」




「あら、それは重労働ね。いっそ私の工場で、自動蒸気ギロチンでも受注しましょうか? 効率化は美徳だもの」


一瞬「蒸気自動ギロチン」の姿を想像するクラリッサ、


「やめておきなさいな。そんなものを作ったら、議会の連中、喜んで二十四時間稼働させるに決まっているわ。……それにしても、エヴァ。私たち、少し毒されすぎていると思わない?」




「毒? いいえ、これは『適応』よ」


エンヴァは窓の外、再び響いた「シュルッ」という風切り音に一度だけ視線を向け、冷え切った紅茶を飲み干した。




「狂った世界で正気を保つより自分も狂ってしまった方が楽でしょう。……さあ、お茶のお代わりを。次の『鐘』が鳴る前に、午後の帳簿を片付けてしまいたいもの」




十三歳の少女二人が交わす会話としてはあまりに凄惨で、あまりに乾いている。だが、それが今のこの国における、唯一にして絶対の「日常」であった。




「ところで、エンヴァ様。今夜は商工会の定例会がありますが……まさか、また『急病』になられますか?」


クリフがエンヴァの予定を伝える。




「……。そういえば、しばらく顔を出していなかったわね」


「しばらく、どころじゃありませんよ。もう三回連続でパスしています。さすがに四回目は、死んだと思われて葬儀の準備を始められかねませんわ」




クラリッサのジト目に屈し、エンヴァは重い腰を上げた。




クローゼットから選び出したのは、夜の闇に沈まない鮮烈な真紅のドレス。この混沌とした街において、返り血を浴びても目立たず、かつ「死」を象徴するこの色は、今の彼女に最も相応しい武装だった。




会場は、かつての優雅さを失い、ギラついた野心と焦燥が渦巻く「魑魅魍魎の住処」と化していた。そこでエンヴァが耳にしたのは良くも悪くも新しい時代の足音だった。




「エンヴァ様、ご存じですか? ついに議会が解散し、『国民議会』が成立しましたよ!」


一人の商人が、唾を飛ばしながら得意げに解説を始める。




「貴族や聖職者の特権はほぼ廃止されました! これからは我ら市民階級が、この国のすべてを決定するのです。我々が広場で叫べばそれが『法』になる……。素晴らしい時代だと思いませんか?」


エンヴァは、差し出された安物のワインを一瞥し、冷ややかに返した。




「……素晴らしい? ええ、そうね。文字が読めない者たちが、文字で書かれた契約ルールを破り捨てる。それは『政治』ではなく、ただの『大声大会』だわ。」


血のようなワインをくゆらせながら続ける。




「貴族が去った後の椅子に、知性の欠片もない市民たちが座るなんて……。これでは、迷い込んだ獣に舵取りを任せる泥舟と同じじゃないかしら」




「ははは! 相変わらず手厳しい! ですが、今はその獣をなだめ、誰よりも大きく叫んだ者が勝つ時代ですよ」




「叫ぶだけなら、工場の蒸気機関の方がよっぽどマシな仕事をするわ。……クラリッサ、帰りましょう。これ以上ここにいると、私の頭まで『国民議会』のレベルに退化してしまいそうだわ」




エンヴァは、熱狂に浮かされる男たちに背を向けた。


「民主化」という名の皮を被った、底知れぬ無知の支配。


王という一人の独裁者が消えた後に現れたのは、数万人の無責任な独裁者たちだった。

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