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転生の魔女  作者: RUSA
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6生 ep.11

工場の煙突から吐き出される白煙は、今やこの街を象徴するモニュメントのような役割を果たしていた。




戦火が広がり、既存の産業が瓦礫に埋もれていく中で、エンヴァの織物工場だけが、異様なまでの熱気と秩序を保ち続けている。




「……見て、エヴァ。今日もあんなにたくさんの人が門の前に集まってるわ」


クラリッサが窓の外を指さして、悲しげに呟いた。




工場の分厚い鉄門の外には、飢えに震える男たちが群れを成している。


かつての工場主任のような人たちが職を求め、家族を養う為にエンヴァの工場の門をたたくのだ。




「無駄よ。私の工場にわに入る事ができるのは、私の色に染められる者だけだわ」


エンヴァは、完成したばかりの「新型軍靴」の仕上がりを点検しながら、冷たく言い放った。




特製の樹脂を練り込んだソールは驚くほど厚く軽く、長時間の悪路行軍でも兵士の足を痛めない。


綿がぎっしりと詰まった防寒軍服に、計算し尽くされた容量を持つ頑丈な背嚢リュック




これらの「戦場の必需品」は、王党派・市民派の区別なく、飛ぶように売れていった。


だが、その製造現場に「大人の男」の姿はない。




「クリフ、門の外にいる男たちに伝えなさい。『女性と子供以外は雇わない』と。……力自慢の大人なんて、私の歯車には必要ないわ。彼らはすぐに嘘をつき、群れて、勝手な理想エゴと暴力で周囲を支配しようとするもの」




「承知しました。」




パタンと報告書を閉じると続ける。




「あと、子供たちが配って歩いているスープとパンについては、老人たちから『聖女の贈り物』だと感謝の声が上がっていますよ」




クリフの報告に、エンヴァはわずかに口角を上げた。


工場の子供たちは、内戦で息子を失った老人たちの家を回り、温かな食事を届けている。


それは一見、無垢な慈愛に見えた。




「それでいいのよ。王党派も市民派も、自分たちが救いきれない『弱者』を押し付けられる場所(ゴミ捨て場)が必要なの。……孤児と未亡人を引き取り、老人に施しを与える。この『美しい絵面』がある限り、誰もこの工場に土足で踏み込もうとは思わないわ」




エンヴァは、窓の外でイメルダ特製の温かいスープのたっぷり入った寸胴を運び出す様を、まるで盤上の駒を眺めるような瞳で見下ろした。




慈善という名の防壁。




それは、どんな分厚い鉄板の装甲よりも、この工場を時代の激流から守り抜く「最強の防弾チョッキ」だった。






ある日。




「ああ、エンヴァ! 私たちのかわいい、かわいいエンヴァ……! 探した、探したわよ、お前を!」




執務室の重厚な扉が開くなり、脂ぎった顔を涙と鼻水で濡らした女が、エンヴァの工場で試作をはじめた高級絨毯を泥靴で汚しながら転がり込んできた。




かつて、実の娘を「豚三頭と小麦袋二つ」という端た金で工場へ放り出した、実の母親と父親だ。




「……何の用かしら。送金はこれまで通り、滞りなく行っていたはずだけれど」


エンヴァは冷え切った紅茶を机に置き、黄金色の瞳で「かつての親」を値踏みした。


そこにあるのは肉親への情ではない。




故障して、異音を上げ、修復不可能なほどに錆びついた「廃棄物」を見るような、乾いた呆れだ。




「足りないのよ! 全然足りないの! あの村の連中、あんたがこんなに偉くなったって知った途端、昔の借金を利子付きで取り立てに来て……! このままじゃ、二人して野垂れ死ぬしかないんだわ!」




「そうだよ、エンヴァ……。なあ、思い出しておくれよ」


傍らで安酒の臭いをプンプンと漂わせた父親が、情けなく肩を震わせて咽び泣き、エンヴァのデスクに汚れた手をかけた。




「お前が小さかった頃、俺が肩車してやったのを覚えているだろう? あの時のお前の笑い声が、今でも耳に残っているんだ。お前を売ったのは……ああ、あれは苦渋の決断だったんだ! お前を死なせないため、俺たちが飢え死にしないため、涙を飲んで……っ!」




「そうよ! あんたを産む時、お母さんがどれだけ苦しんだか! お腹を痛めて産んだ我が子を、手放さなきゃいけなかった親の気持ちが、あんたに分かる!? 夜も眠れず、あんたの幸せを祈らない日はなかったわ!」




母親が叫び、エンヴァのドレスの裾を掴もうと、湿った手を伸ばす。


「あんたはこんなに立派な工場を持って、いい服を着て、神様みたいに拝まれているっていうのに……! 親を見捨てるなんて、そんな薄情なこと、この子がするはずないわよねぇ!?」




エンヴァは、その手が触れる直前、椅子を引いてスッと身をかわした。




その黄金の瞳の奥に、どす黒い「嫌悪」が火花を散らす。




彼らが口にする「愛」や「思い出」という言葉が、あまりにも安っぽく、あまりにも滑稽で、吐き気がした。




自分を売った時の、あの冷たい冬の空気。


豚の鳴き声。


小麦袋の重さ。




それこそが彼女にとっての「親子の価値」の正解であり、今、目の前で繰り広げられている三文芝居は、ただの「市場価格の吊り上げ交渉」にしか見えない。




(……汚らわしい。この部屋の空気が、彼らの吐息で腐っていくわ)


エンヴァは無造作に金庫を開けると、ずしりと重い金貨の袋を一つ、机の上に放り出した。




ドサリ、という鈍い金属音が室内に響く。


「……これが、私から貴方たちへの『親孝行』の全額よ」


両親の目の色が、一瞬で変わった。


悲しみに歪んでいた顔が、獣のような欲望に塗りつぶされる。




「ああ……! 金貨だわ! 本物の金貨……!」


「さすが俺たちの娘だ! エンヴァ、やっぱりお前は優しい子だなぁ!」




「……これが最後よ。これを持って二度と私の前に現れないで。……次、この門を潜るようなことがあれば」




一瞬の間を挟むと




「その時は殺すわよ」


エンヴァははっきりと言い切った。








数ヶ月後。




冬の冷気が工場の裏手を白く染める中、約束を破った「客」が再び現れた。


「エンヴァ! 開けてくれ、エンヴァ! あれだけじゃ足りなかったんだ! また恐ろしい男たちが家に来て……!」


工場の裏手、人影のない湿地帯。エンヴァは無言で彼らをそこへ呼び出した。




「……次に来たら殺すって、言ったわよね」


「ひっ……! な、なんだ、その目は! 親に向かって……!」


エンヴァが細い指先をスッと地面に向けた瞬間、不自然な震動が走った。




石の混じった土壌が、突如として底なしの流砂へと変貌し、二人の足元を飲み込み始める。


「な、なんだこれ!? 抜けない! エンヴァ、助けてくれ!」


「この親殺し! 悪魔! 呪われろ! あんたを産んでやった恩を忘れたのかい!」


狂ったように悪態をつく母親。




だが、砂が胸元まで迫り、死の恐怖が心臓を掴んだ瞬間、その声は劇的に色を変えた。




「ま、待って! 違うの、エンヴァ! お金なんて本当はどうでもいいの! 私たちは……ただ、あんたに会いたかっただけなんだよ! 寂しかったんだ、愛する娘の顔が見たくて……!」


頭だけが砂から出た状態で、母親は顔をくしゃくしゃにして泣き喚く。




「お願い、最後にもう一度だけ『お母さん』って呼んで! それだけでいい、それだけで私たちは幸せに死ねるわ! エンヴァ、ああ、私のかわいい、宝物のエンヴァ……!」




それは、かつてエンヴァが何度も目の当たりにしてきた「親の仮面」を被った醜い演技だった。


「……本当に、調子がいい人たちだったわ」


エンヴァの言葉は、冬の夜風よりも冷たかった。




彼女は二人の嘆願に耳を貸すことなく、静かに右手を握りしめた。




ズブズブと、最後の一息を飲み込むように土が盛り上がり、平らな地面へと戻っていく。そこには、最初から誰もいなかったかのような、完璧な静寂だけが残された。




「……さて、クラリッサが待っているわ。昨日ののスープは、少し塩気が足りなかったかしら」


真紅のドレスの裾を一度だけ払い、エンヴァは両親を飲み込んだ地面など一度も振り返ることなく、温かな蒸気の立ち上る工場へと戻っていった。

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