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転生の魔女  作者: RUSA
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6生 ep.10

「……いいわ。今月のノルマは、先月の三割増しよ。」


真紅のドレスを纏い、ベルベットの椅子に深く腰掛けたエンヴァが告げる。




季節は冬。


他を寄せ付けない圧倒的な品質と供給力は、王党軍と市民派、その両陣営の兵站を事実上「毛布」という名の鎖で繋ぎ止めていた。




「ねえ、エヴァ。これ……本当に、鉄の弾を跳ね返すの?」


クラリッサが、完成したばかりの薄く重厚な絹のベストを指先でなぞりながら、不思議そうに首を傾げた。




それは、エンヴァが考案した「複層構造のシルク」による防弾ベストだ。


「ええ。単なる絹じゃないわ。層の間に特殊な樹脂を噛ませ、衝撃を面で分散させるように設計してあるの。……ただの物理学の応用よ」




エンヴァは優雅に椅子に腰掛け、クラリッサが淹れた安らぎのハーブティーを啜った。


この「絹の鎧」は、フリーダの広大な人脈を通じて、王党軍の将校や市民派の隊長クラスへと、法外な高値で均等に出荷されていた。




「でも、これを着た人が戦場で生き残ったら、戦争が長引いちゃうんじゃない……?」


クラリッサの少し不安げな問いに、エンヴァは黄金色の瞳を細めて、悪戯っぽく微笑んだ。




「いいのよ、それで。どちらかが一方的に勝つより、互いに『死にきれない』まま消耗し続ける方が、売れ続けるでしょう? ……それにね、クラリッサ。このベストを買えるのは、部下に『突撃』を命じる立場の人たちだけ。彼らが生き延びれば、また次の戦場(注文)が生まれるわ」




「うぅ……エヴァ、時々すごく怖いことを言うね」


クラリッサは苦笑いしながらも、そのベストを丁寧に畳み、出荷用の木箱に収めた。








「エヴァ様、また王都の投資家から招待状が……。フリーダ様の『お気に入り』に会いたいと、皆が躍起になっています」




小間使いのように控えるイメルダが、銀のトレイに載った大量の封筒を差し出す。 社交界では今、一つの奇妙な噂が、上質なシャンパンと共に語られていた。




――黄金の瞳フリーダ。




あの老獪な怪物が、一人の幼い少女を飼っている。


――真紅のドレスに身を包んだ、黄金の目を持つ娘。




「フリーダが『飼っている』……? ふふ、面白い言い方をするわね」


エンヴァは、最高級の茶葉で淹れた紅茶を一口啜り、窓の外で雪に耐える街を見下ろした。






ある日


「……ねえ、エヴァ。最近、あの子――現場主任を任せた彼、様子がおかしいと思わない?」


クラリッサが、毛布の検品作業の手を止めて不安げに呟いた。




エンヴァは、最新の収支報告書から目を離さずに、短く答える。


「成長期でしょう。あるいは、慣れない『主任』という椅子に、お尻が落ち着かないだけじゃないかしら」


「違うの、そういうんじゃなくて……。彼、夜中にこっそり工場を抜け出してるみたいなの。それに、この前、彼の机の引き出しに……『市民の権利』って書かれたボロボロの手帳があるのを見ちゃったわ。あのおじさん――前主任が追い出される時に残していった物よね、あれ」




エンヴァの指が、ピタリと止まる。 黄金色の瞳が、窓の外で揺れるデモ隊の松明の光を反射した。


「……バカな子。街を追放された男の『遺言』にいつまで縛られているの?」




その日の夜、ついに「その時」は訪れた。




大規模な暴動が街を飲み込み、怒号と悲鳴が工場の分厚い壁さえも震わせていた時だ。




「エ、エヴァ様……っ! 大変です、彼が、主任が警察に!」


血相を変えて飛び込んできたのは、息を切らしたクリフだった。




「落ち着きなさい、クリフ。デモに参加して捕まったくらいなら、金で解決できるわ。……それとも、もっと『高くつく』ことをしたの?」




クリフは、喉を鳴らしながら、震える声で絞り出した。


「さ、刺したんだ……! 鎮圧に来た王党軍の兵士を……工場の、あの裁断用ナイフで……っ!」


エンヴァは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。




その表情からは、怒りも、悲しみも、驚きさえも消えていた。ただ、極寒の夜の海のような、静かな「呆れ」だけがそこにあった。




少年は、自ら選んだ「理想」という名の濁流に呑み込まれた。




法に照らせば、その結末はただ一つ。


内乱の火種が国中に広がる今、一人の少年が処刑されることなど日常の風景に過ぎなかった。




薄暗い監獄の面会室。




鉄格子の向こうで、かつて「主任」と呼ばれた少年は、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。




「エヴァ様……助けて、助けてください! 僕は、僕はただ、みんなのために……! 追放されたあのおじさんが言っていたように、自由を……っ!」




縋り付くような悲鳴。




だが、机を挟んで座るエンヴァの瞳には、憐れみの欠片も宿っていない。


彼女はただ、冷え切った紅茶を眺めるような眼差しで少年を射抜いた。




「……何が、みんなのためよ。笑わせないで」


「え……?」


「自らの信念で選んだ道でしょう? 兵士を刺したその時、あなたは一人の『革命家』になったの。……なら、その結末も自分で引き受けなさい」




「そんな……! 見捨てないでください! 僕は、やり直したいんだ……っ!」


エンヴァは優雅に立ち上がり、真紅のドレスの皺を伸ばした。




「やり直す場所なんて、もうどこにもないわ。……さようなら。私のナイフを、安っぽい血で汚した愚かな子」




背後で響き続ける少年の絶叫を、彼女は冷たい扉の閉鎖音で遮断した。


工場へ戻ると、不安に駆られた子供たちが彼女を囲んだ。




「エヴァ様、彼は……主任はどうなるの?」


「助けてくれるんでしょ?」


エンヴァは歩みを止めず、突き放すような冷気を纏って言い放った。




「明日、処刑されるわ。……あなたたちも、気をつけなさい。外の熱狂に浮かされて、自分の居場所を履き違えれば、彼と同じ末路を辿ることになるわよ」


少年達はショックを禁じ得なかったが、現実を見据えたエンヴァの言葉に納得せざるを得なかった。




翌朝、広場には巨大なギロチンが据え付けられていた。




少年を含めた五人の「反逆者」たちが並べられる。


民衆の罵声と怒号が飛び交う中、エンヴァは最前列に陣取っていた。


恐怖で失禁し、喉を枯らして許しを請う少年の姿を、彼女は瞬きもせずに見つめ続ける。




「エヴァ!エヴァ様!助けて!もうしませんから!約束しますから!死にたくないです!!!」




鈍い音と共に刃が落ち、熱い飛沫が石畳を叩いた瞬間――


エンヴァは、深く、長く、ため息をついた。


「……ハァ」


工場の、そして他の子供たちの安寧を守るためには、彼を切り捨てるのが「正解」だった。


彼を何らかの形で救えば、工場はテロリストの拠点として焼き払われ、クラリッサたちの居場所も消えていたかもしれない。


それだけ今の王党派はカネが無い、難癖をつけて財産を没収された中堅ブルジョワの噂など掃いて捨てる程聞いている。




(……これで、良かったのよね?)


誰に問うでもない独り言。


血の匂いが漂う広場の中心で、真紅のドレスを着た少女だけが、石造りの彫像のように静止していた。




少年の処刑を静観したことで、エンヴァは


「政治的思想を持たない実業家」


という仮面を手に入れた。




王党派は彼女を「御しやすい金蔓」と見なし、市民派も彼女の工場が提供する物資を失うわけにはいかず、奇跡的な中立が成立した。












工場の外壁に沿って、終わりが見えないほどの長い列ができていた。


煤煙と雪が混じる灰色の空の下、そこだけが唯一、温かな湯気を立ち昇らせている。




「はい、熱いから気をつけてね。ゆっくり食べていいのよ」


クラリッサが、聖母のような柔和な微笑みを浮かべてスープ皿を差し出す。




泥にまみれた孤児たちは、震える手でそれを受け取り、むせび泣きながらパンを口に運んでいた。


「……ねえ、クラリッサお姉ちゃん。僕たち、ここで働けるの? 死んだ父さんみたいに、立派な職人になれるかな」


一人の少年が、縋るような目で彼女を見上げる。




クラリッサは胸を痛めながらも、工場の高い窓を見上げた。


「……それはね、あの上にいる『あの方』が決めることなの」


地上三階、工場の最上階にある執務室。


エンヴァは冷え切った窓辺に立ち、黄金色の瞳で階下の孤児たちを「値踏み」していた。




「……あの子は不採用ね。目に力がなくて、すぐに根を上げるわ。……隣の女の子、いいわね。あの指の細さと動き、繊細な絹を扱うのに向いている。クリフ、あの子を覚えておきなさい。後でこちら側へ引き入れるわ」




「承知いたしました、エヴァ様。……ですが、本当にいいのですか? もう受け入れられる人数は限界に近いですが」


背後で控えるクリフが、膨大な名簿を抱えながら問いかける。


エンヴァは振り返ることなく、冷徹な響きを持って答えた。




「限界なら、壁を広げればいいだけよ。……三食の保証と、読み書き、計算。それを対価に、彼らの『一生』を買い取るの。……これほど公平な取引が他にあるかしら?」




選別が終わると、選ばれた子供たちは工場の重厚な鉄門の内側へと招き入れられる。


そこには、エンヴァが自ら書き上げた「契約書」が用意されていた。




「……いい? この紙に名前を書きなさい。書けないなら指印でもいいわ。これを記した瞬間から、あなたたちの体も、時間も、未来も、すべて私の持ち物になる。その代わり――」




エンヴァは、怯える子供たちの前で、真紅のドレスを優雅に翻した。




「飢えからは解放してあげる。凍える夜も、誰かに石を投げられる屈辱も、ここにはないわ。……ようこそ、私の『聖域』へ。今日からあなたたちは私のために生きるのよ」




子供たちは、魔法にかけられたかのように、次々とその契約書に魂を刻んでいく。


外の世界の「地獄」から逃れるために、彼らは自ら、魔女が支配する「揺りかご」へと足を踏み入れたのである。



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