三十六話 有名人
数日後、俺は指定された時間に、協会近くととあるカフェに向かっていた。
先日、協会の受付を通して、届いた糸魚川正龍による伝言に従ったのだ。
従った理由は単純かつ明快。
まあ、最近停滞気味であったことで少し焦りがあったことが原因だった。
結果を出すための、きっかけをつかめるのではないかと考えたのだ。
「何名様ですか?」
「えっと、待ち合わせなんですけど」
カフェで待ち合わせなんて、そんなオシャレなことはしたことがないので、なんて言えばいいか迷ったが取りあえず正直にそう言った。
そうすれば、まだ、正龍は来ていない様なので、席に通された。
そして、暫く、カフェの入り口のほうが騒がしくなったのを感じて、俺は顔を上げた。
予想通りと言うべきか、正龍その人がいた。
単にイケメンであると言う事も大いにあるのだろうが、それ以上に、全国中継されるほどの大会で優勝したことに起因するものだろう。
オリンピックかと言いたくなるほどの盛り上がりを見せていた大会だったから、すでに彼の知名度はファーストである俺をとっくに超えている。
そんな一躍時の人と言える彼が、あたりを見渡したあと、俺に視線を固定してこちらに歩いてきた。
彼が軽くスマイルを向けると、場が湧いたような気がした。
俺にそんな顔を向けられても困るが。
「遅れてごめん。緊急でゲートの依頼が入って」
開口一番そんな謝罪を口にする彼だが、そんな彼に話か掛けられた俺にも多少の注目が集まった。
特に、サインを軽く受け流された若い少女たちからは、それよりの優先された俺にどれほどの価値があるのかと目線を向けられた。
つーか、平日だぞ。学校行けよ。
もしかしたら、童顔の講義のない大学生とかかもしれないが、彼女らの身に着けるそれは明らかに高校の制服だった。
ただ、そんなことを考えている俺など気にせずに少々こちらにも聞こえる声で騒いだ。
「あの男の子、正龍君の知り合いかなぁ」「そうなんじゃない。というか、河添正時じゃない。あの子」「……河添、って誰だっけ?有名人?顔は普通な感じだけど」「いや、ファーストだよ。ファースト。日本に三人?今は二人しかいないっていう」「あ!ニュースとかでやってた。そんな人と知り合いなんだ!正龍君凄ーい」「ねー」
結局、会話は俺を引き立て役にして、正龍スゲーで終わった。
まあ、良いか。勝手に盗み聞きしてショックを受ける方がキモイ気がするし。
「どうしたの、ぼーとして」
「いや、何でも」
俺が変なことを考えている間に、席に座った正龍は首を傾げた。
まあ、話しかけた奴から応答が帰ってこなきゃ驚くわな。
「前に会ったときは、こんなに凄い奴になると思ってなかったからさ」
適当にはぐらかした俺は、コーヒを啜った。
そんな俺を他所に疑いもなく「そうか」と返した彼は、注文をした。
カフェオレとサンドイッチだ。
「今日は、まだ朝から何も食べれてなくて」
「大変だな」
彼の多忙ぶりに勝手に同情しつつ、俺は本題に移ろうと考えた。
ただ、注目を集めてしまっている。
恐らく、情報の機密性は高いだろう。
そんなことを考えていれば、それを察してか、正龍はスキルを使った。
盗聴防止の、サチカが使ったものと同種のものだろう。
「悪いな」
「いいよ。そもそも、俺からここを指定しておいて、配慮がなかった」
「あの時はまだ大会の注目度まで考えられてなくて」と続けた。
確かに、優勝する前だったり、したばかりだったりすれば、まだ自分に認知度を実感していなくても仕方がなかった。
どうやら、未だに今の状況に慣れているようには見えないし。
「で、本題だけど、伝言に残した通り、ギフトの新たな可能性を見つけた。いや、見つけるあてがあるっていう話をしに来た」
見つける当て、手段を知れる可能性があると言うわけか。
だが、酷く曖昧だ。
あまり、確定的なものではないのかもしれない。
ただ、そんなことよりもまずは聞かなきゃならない事があった。
それは。
「その前に良いか」
「何でも聞いてくれ」
正龍は任せろとばかりに胸を張った。
胸筋凄い。
まあ、俺もレベルアップでこれくらあるが。
「何で、今回の話を俺に持ってきたんだ?」
これに限る。
「お前なら、いや、今のお前なら尚更だ。協会主催の大会で顔も売った、さらに、優勝までしたとなれば事実上のナンバーワン。もっと、声を掛ければ俺より強い奴だって簡単に誘えただろう」
そう。
別に俺を誘う必要はない。
あっちはどう思っているか知らないが、普通に考えて、俺は一回しかいや、そもそも、ダンジョン内での数十分しか一緒に過ごしていない。
今日、伝言を利用して待ち合わせをしたように、連絡先だって交換していない間柄なんだ。
貴重な情報をどうして俺に教えられる。
それが分からない。
ただ、正龍は笑った。
「何言ってんだ?西峯京香の強さは知らないけど、それを覗けば今日本で一番強いのは河添正時だろ」
おかしそうにそう言った。
「そりゃ、チュートリアル直後の話だろう。今の俺は、レベルアップも満足に出来ない様な状態なんだぞ。レベル差だって、縮まっていることを考えれば俺より強い奴なんて──」
「それない。自分でもわかっているはずだ。いや、俺を一目見て思ったはずだ。『この程度が、大会で優勝者の実力か』って」
「待て、戦ってもいないのに俺が相手の力を見極められるとも?」
「見極められないと、そう言うのか?」
「…………」
俺の受け答えが、あまりお気に召さなかったのか、称えていた爽やかな笑顔は消えていた。
いや、彼は真剣に話しているのだろう。
「正時を誘ったのは、俺よりも強いからだよ」
彼は、爽やかな笑顔に戻してそう言った。
こいつDVとかしそう。
そう思った。




