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二十四話 呼び方の話


 高校に入ってすぐ、そいつと出会った。


「俺、阿曽沼秀樹。よろしく」


 たまたま席が近かった。

 彼が、番号順に並んだ時に、一番端の席で、俺がその斜め後ろの席だった。

 俺は、クラスに知り合いもいなかったから、ラッキーなんて思って挨拶をした。


「よろしく。俺は、河添正時、気軽に名前で呼んでよ」


 小学校では、同じ名前のクラスメイトがいたせいで苗字だったし、中学もそいつらと進学したせいか苗字でしか呼ばれてなかったから、どうせならと名前で、なんて思ってそう言った。


「そう?じゃあ、俺のことも秀樹でいいよ。マサトキ君」

「わかった。俺も秀樹って呼ぶ」


 それが、俺と阿曽沼の出会いだった。


 それから、席が近いこともあって、俺たちはよく話した。

 一緒に弁当を食べたり、ペアを作れと言われれば、一緒に組んだ。

 案外うまく行っていたと思う。

 今までの人生では、友達の中の一人ではあっても、真っ先に俺に声をかけてくれるような奴はいなかったから。


 そんなある日、男同士のくせして恋バナなんてものをした。

 このデカ物から、下ネタ以外での異性の話が出たことに大いに驚きながらも、俺は言葉を返した。


「マサトキ君って、好きな人いる?」

「何だよ急に。でかい体でもじもじするなよ」


「気持ち悪い」と冗談半分で言って笑った。

 だが、彼はそんなことは気にせずに、俺の言葉に返答した。


「いや、実はな。好きな人が出来てよ」

「え?マジで。誰だよそれ!?」


 いつも仏頂面ですました顔のこいつがそんなことを言い出して酷く驚いた。

 恋バナをして来ただけで驚いていた俺が、好きな人がいるだなんて言い出したコイツを見ればどれだけ驚いたかわかるだろう。

 まあ、でも、冷やかしたりせずに聞いてやろうとは思った。

 俺と違ってこいつは部活やなんやらで友達も多い。

 それなのに律儀に、俺と仲良くしてくれることを考えれば安いものだった。


 阿曽沼は少し照れた様子を見せながら、名前を出した。


「三組の八重桐麻耶」


 その名前に俺は心当たりがあった。

 いわゆる幼馴染と言う存在。

 そいつの名前に他ならなかった。


 確かに、昔からモテてはいたけど、まさか、性的な意味で女を好いているコイツが顔を赤らめながらこんなことを言うほどとは。

 俺は確認するように聞いた。


「それって、いつものエロいエロくない的な話?」

「いや、ちげえって。純粋に好きなんだよ。まあ、エロいのは認めるが」


 驚いた。

 いや、何度も驚いているけど、核心に迫るほどコイツらしくない。

 ただ、少し応援したくなった。

 彼女も昔、何人も振るからどんなタイプが好きか聞いたら、マッチョと言っていたし。

 俺も年頃だし、少しは気になるところもあるが、彼女のタイプと照らし合わせるのなら、こいつが適しているだろう。

 いつものように、下世話な感じであれば、流石に紹介しないが、今回は純粋に来いと言う奴をしているらしい。

 そんなことを、考えている内に彼は話を続けた。


「でさ。お前に相談があるんだ。告るにしても、普通にするだけじゃ、他のやつらと同じように振られちまうと思うんだ。だから、画期的な策を考えてくれないか?」

「画期的って言っても、普通にやるのが一番勝率高いんじゃ」

「そうなのか?」

「まあ、知らん男からのサプライズとかはキモイだろ」


 画期的な策と言っても、効果的なものはわからない。

 でも、明らかにマイナスなものを割けることが一番なのではないかと思う。


「じゃあ、今から行ってくる!」

「いや、待て」


 俺の考える横で、すぐに飛び出さんとする彼を止める。

 俺にだって出来ることがある。


「俺、麻耶と幼馴染だから、多分紹介出来るぞ」


 そう、先ほどからも考えていたが、全く印象のない奴より、少しでもこいつのことを知ってもらってから告白した方が成功確率は高い。

 男同士では、下品な話題をするコイツではあるが、そこまで悪い奴ではない。

「マジか!」と喜ぶこいつを背にして俺は麻耶に連絡を取った。






 数日後、何とか、頼み込んだ結果、デートが実現した。

 しつこいくらいに頼んだので麻耶には申し訳ないが、今度俺をしておこう。


「マジでありがとう。マサトキ君!」

「いや、いいよ。それに、付き合えるかどうかは、秀樹君次第だし」


 まあ、幼馴染だし、地味に初恋の相手だし、思うところは多くある。

 だが、このまま年を重ねて、何処の馬の骨とも分からぬ奴と付き合うようになるより、知ってるやつと一緒になる方が安心ではある。

 まあ、学生同士のカップル何ていつまで続くかも分からないしな。


 俺は、彼を送り出して、一度家に帰った。


 暫くして、連絡があった。

 彼からではない、麻耶からだ。

 今くらいの時間だとちょうどデートが終わったころだろうか。


「ん?今日のことについて話したい?」


 俺は携帯に映る文字に首を傾げた。

 家に来てくれと言う事だったので、俺は麻耶の家に向かった。

 幼馴染と言う事もあって、なし崩し的に、よく来るような関係になってしまったのだが、いいのだろうか?

 まあ、今回の様に、呼び出されたときに緊張せずに行けるのは特権かもしれない。

 そう言えば、今日のデートも幼馴染である故のものだしな。


 そんなことを思いながら、彼女の家のインターフォンを押した。

 デートの結果報告だろうなんて思って。

 そして、すぐに彼女の部屋に通された。


 開口一番。


「どういうつもり?」


 不機嫌な雰囲気を醸し出してそう言われた。


「どう、と言われても」

「なんで、私のあの男にデートをさせたの?」


 その言葉に、彼のいい印象はなく俺は焦った。


「秀樹君何かしたの?気に障るようなこと?」

「?いや、そいつの話はいいの。何で今回デートを指せたのかってこと」


 よくわからないことを訊かれた。

 俺はそれからずっと理解できずに、同じような問答を繰り返した。

 後になって、結果を聞かなかったななんて思った。





 翌日、彼と会った。

 声を掛けようとして、胸倉をつかまれた。


「おい!どういうつもりだテメェ?」

「は?」


 訳も分からず声が漏れる。


「とぼけんじゃねぇよ。俺のことバカにしてんのか?お前、絶対に成功しないのわかってってわざと──」

「待てって。なんの話かわかんないけど、俺はそもそも結果を知らない」

「は?ふざけんのも大概にしろよ。こっちは、お前が女の家に入り浸ってんのを知ってんだからな!」


 やっと、こいつの怒っている意味が分かった。

 俺とアイツは幼馴染だ。

 だが、好きな女の家に俺が入り浸っていれば、それはそう言う関係だと勘繰ってもおかしくはない。

 いや、そもそも、幼馴染だと言って家に行き来している異性は稀だ。


 だが、何度言っても理解はしてくれなかった。

 まるで昨日の焼きなおしだ。

 会話が成立しない。


 ただ、違うのは、最後に二度と干渉してくるなと言う事だった。





 翌日から、いじめられた。

 靴が画鋲と土でデコレーションされるところから始まり、机椅子や教科書までもが細工をされたり嫌がらせをされた。

 暫くするとだんだんそう言う風潮になって来た。

 俺はいじめられっ子としてキャラが確立された。


 犯人は直接やってこない。

 まあ、暴力何てわかりやすい真似はしないだろう。

 だが、煽るくらいはするようだ。


「マサトキクン、また、汚されたのォ!?」


 俺の呼び方は変わらない。

 だが、今までとは違うものを孕んだ声が、俺に降りかかった。

 奴は、俺の方に腕を組んで、他の人に聞かれないくらいの声を出した。


「おまえさ。自分が何をしたのか考えてみろよ。これくらい妥当だろ?なぁ!おい!」

「だから、誤解だって、言ってんだろ」

「黙れよ、お前。まあ、いいや。お前の前で八重桐のことぶち犯してやるから覚悟しておけ──ぐ!?」

「お前が黙れ。阿曽沼」


 手が出た。

 それが皮きりだった。

 殴り合いのけんかが始まった。

 いや、一方的だったか。

 阿曽沼の、仲間が駆け付けて、抑え込まれた。

 そして、俺は抵抗することすらできなく、殴打された。


 暫くして教員が駆けつけるも、奴らが、いきなり暴れだしたとかなんとか言って、それで俺が処罰を喰らった。

 停学。

 たった、三日だが、酷く長く感じた。


 それから、俺と周りの関係は酷く減った。

 関わらまいと、皆が避けた。

 ただ、一人を除いて。


 麻耶だ。


 なぜか、彼女は、周りを気にせず俺に話しかけた。

 もう話すなと言おうと思った。

 だが、彼女は、きっと無視するだろう。

 だから、せめてもの抵抗として苗字で呼ぶことにした。


 別にこれで彼女が離れると考えたわけではない。

 気まずそうに苗字で呼べば、阿曽沼は分かれたのだと考えると、浅い気体をしたのだ。

 ただ、そんな日々もそう長くもなかった。


 案外、俺の心は脆かったようで、ある日いきなりポキリ折れて、不登校になっていた。

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