93.市長館の朝(デミトリアス視点)
よろしくお願いします
市長館の朝は早い。
夜も明けない薄闇の中、主を筆頭に居住者のための朝食を準備する。
庭の手入れをしつつ、市長館全体に飾る花を物色する。
時折、夜に遊びに来た無頼漢を退治した名残を消し去る。
敷地内を見回り、異変がないか調べる。
一通り、各自の持ち場を見回れば、日が昇り始めた頃に一同が集まっての報告会と本日の予定の確認だ。
デミトリアスは整然と二列で本館ホールに並んだ者たちを静かに見つめた。
市長館はコの字型の建物で、三階建てであり、東棟、本館、西棟と、前庭と中庭からなる。
西棟が行政棟であり、市長室や会議室など行政機関が揃っており、本館は客室やイベントホールなど客を迎えるための場所で、東棟がクロゥインやダグラスが住んでいる居住区部分となる。
なかなかの広さではあるが、市長館の管理筆頭はデミトリアスであり、その配下の者たちで管理されている。
つまり、悪魔だ。
そのため、集う人数は二十にも満たない。
いつもの顔ぶれである配下の者たちを眺めて、デミトリアスは朝礼となる業務連絡を始める。
「では、本日の報告を始めましょうか。庭担当」
「本日は遅咲きのクランダ、紫のフェーレが見頃ですな」
「東棟を中心に飾り立てますわ」
くるりと回転した二匹の魚が上機嫌でしっぽを揺らす。バキの様子に満足げに瞳を細める。
「問題ないようですね、次は東棟担当」
「ゴミ2名を東棟の2階で処理済です。壁を一部変更しました」
人馬であるアドナキールが恭しく報告する。上半身は鉄製の鎧に包まれており、彼の素顔を知るものはいない。下半身は青毛の馬だ。艶やかな肢体を自慢している。特に黒色のさらさらなしっぽが自慢である。
彼が暴れればたいてい壁や床や物が壊れる。
侵入者はクロゥインの暗殺にやってくるがたどり着く前にこの人馬に蹴られて終わるが後始末まできちんとしていればデミトリアスには文句はない。
「わかりました、あとで違和感がないか確認しましょう。次は西棟担当」
大きなハサミを抱えたパンツスーツの美女が微笑む。
西棟担当のバルビーだ。
「本日はゴルドー商会の会頭がいらっしゃるとのことですので、来賓の間を重点的に整えております」
「お泊りのご予定はありますか?」
「今のところ聞いてはおりませんが、市長館の料理を楽しみにしているそうですので、準備はしておいたほうがよろしいかと」
「では、本館担当と料理担当はそれぞれ準備をお願いします。本館担当は報告ありますか」
「今日泊っていったおっさんがちょっと悪さしてたから、矯正しといたぜ」
燕尾服に身を包んだ水色の髪の屈強な男が獰猛に笑う。ガムビエは水と風の魔法を得意とする悪魔だが、好戦的ですぐに力で解決してしまう。
デミトリアスははあと短い息を吐く。
アドナキールは理知的だが、彼は短絡的で粗野な部分が目立つ。
本館に泊まっていたのは、フェッジリオ伯爵家の当主だったはずだ。
深淵の大森林で狩りをしたいと意気揚々やってきたはいいが、昨日一日で目当ての魔物にコテンパにされて怒り狂っていたと聞いている。
酒を飲んで酔って暴れていたらしいが、ガムビエの琴線に触れる粗相までやらかしたらしい。
「修理が必要かどうかは後で確認しますね」
「よろしく!」
「まったく。では次に料理担当」
「今日の客の好む食材がないので、狩ってくる」
買ってくるではなく、狩ってくるのだから時間が必要だ。
デミトリアスは小さくうなずいて、了承の意を示す。
「わかりました。アスモデルが不在の間は調理が回るように手配しておきましょう。担当者からは以上ですが、他に連絡事項はありますか」
赤い瞳を向けても、誰も口を開かない。
デミトリアスはぴしりと背筋を伸ばす。
「では、本日も皆さまよろしくお願いします。アムとマルキダはついてきてください」
向かう先は東館の3階の一番奥だ。
デミトリアスの迷いのない足取りに、メイド服に身を包んだアムとマルキダが続く。
一同はそれを静かに見送るのだった。
デミトリアスがやってきたのは、主寝室だ。
つまり、クロゥインとマヤが寝ている部屋である。
「おはようございます、マイ・ロード」
茶色の重厚な扉をノックするという愚行は犯さない。
以前にそれをして、魔法で弾き飛ばされた経験があるからだ。
物理的に弾かれると、体中に痛みが走る。まぁ、自分ほどの悪魔を物理的に痛めつけられる主の力量には感動を覚えるのだが、何回も恥をさらしたいわけでもない。
「朝になりましたよ、出てきてください」
声をかけても扉の向こうから反応はない。
「仕方ありませんね、マルキダお願いします」
マルキダが一礼して、扉に魔法をかける。
彼女の得意とする魔法は魔法の無力化だ。
茶色の扉の手前の空間がぐにゃりとゆがんで崩れた。
デミトリアスはそれを確認して、ノックをする。
「いつもの守りは解きましたよ、さあでてきてください」
「いやだ」
今度は中から言葉が返ってきた。
「お仕事の時間ですよ、このままでは朝ごはんを食べる時間がなくなってしまいます」
「いやだ、俺はマヤとこうして寝たいんだ!」
やれやれとデミトリアスは肩を竦める。
最近、彼の主はペットに夢中で仕事に行きたがらないのだ。
「マヤさん、今日の朝食にはパンケーキにイチゴをのせていますよ。今ならアムとマルキダが着替えを手伝ってくれますからお好きな髪型になさってはいかがでしょう?」
「行く!」
「あ、こら、マヤ!」
ばたん、ごとんと音がしたかと思うと扉がそっと開いてマヤが顔をだしたがすぐに引っ込む。
服を着ろだのバカだのとクロゥインが焦る声が聞こえる。格好について揉めているようだ。
しばらくはマヤをエサでつってこうして出て来てもらっているが、これがいつまでももつのかデミトリアスには見当もつかない。
どこかに新婚の既婚者でもいないものか。
適切なアドバイスが欲しいものだ。
デミトリアスは開かない扉を凝視しながら、こっそりため息つくのだった。
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