87.フェーレン市の隔壁(ダグラス視点)
よろしくお願いします。
ばさりと翼を一動かししただけで、体が吹っ飛ばされそうなほどの風圧がある。
ダグラスは必死に地面に立ち、上を見上げた。
青い空に青灰色の体躯のドラゴンが黄金色の瞳を細めてダグラスを睥睨している。
後ろでは門に入りきらない人々が、パニックになっているのを二人の門番たちが必死で宥めているのが聞こえるが、助けることもできない。
ドラゴンはどすんと地面に着陸すると、翼を広げたまま、長い首をダグラスの方へ向けた。
がばりと大きな顎が、飲み込むかのように開かれる。
「主さまの匂いがするな?」
生臭い呼気と共に、どこか不思議そうな声が響く。
ダグラスは思わず首を傾げた。
「主さま?」
「そう、主さまだ。もう10年ほど会っていないが、主さまの匂いを忘れることはない。主さまはどこだ?」
「10年? 主さまってもしかして―――」
ダグラスの記憶の琴線に触れるものがあった。問いかけようとした時、ドラゴンの片翼に向けて、閃光がぶつかる。
暴風に近い熱風が辺りを包んだ。
「オレの獲物横取りすんじゃねえええええ!」
物凄いスピードでかけてきた勢いのまま、ダグラスに盛大な啖呵を切った。
空中に飛び上がり、くるくると回転して勢いを殺すとドラゴンを挟むようにダグラスと対峙する。
「こいつは、オレの獲物だ! 横からしゃしゃり出てきて勝手なことすんなよな!」
口は悪いが動きやすい服装に身を包んだ体は少女のものだ。出るところは出た柔らかな曲線を描いている。身長は160センチほどだろうか。ダグラスよりも頭二つ分は低いが、一般女性ほどにはある。黒い髪に銀が混ざった不思議な色合いの長い髪を無造作に後ろでひとくくりにして、銀色の瞳で睨みつけてくる風格は只者ではない。
縦に割れる瞳は爬虫類を思わせた。
「小娘、僕は貴様と遊んでいる暇はないのだ」
「遊びじゃないって言ってんだろうが! さっさと竜玉を差し出しやがれ!」
竜玉はドラゴンにとっての命だ。簡単にくださいと言ってはいそうですねとなるようなものではない。
ダグラスは二人を見つめて、はあと息を吐いた。
「よそでやってもらっていいですかね?」
フェーレン市の近くでやらないでほしい。
「馬鹿を言うな、僕の目的は主さまだ。さあ、主さまのもとへ案内しろ」
「つべこべ言わずに塵になれ! 『灰塵・強気』」
何かの呪文を唱えた少女が飛び上がり、そのままドラゴンの首めがけて強烈な蹴りを叩きこむ。
だが、硬い鱗で守られたドラゴンは首を一振り、少女を弾き飛ばした。
空中に舞い上がった少女はそのまま膝を抱えてくるくる回った後に、キレイに着地する。
柔軟な体だな、とダグラスは感心した。
「ちっ、体術も効きゃしねぇ…『光線・強気』」
「は、あ? ちょ、それまずっ…」
少女がやや離れた場所から手を掲げれば、そのまま閃光がドラゴンへと迸る。
先ほども空に向かって放っていたものと同じだろう。
それはいいのだが、問題は場所だ。
空に向かって放つ分にはなんら問題はないので気にもしなかったが、ドラゴンへと向かった閃光はあっさりと弾かれ、あさっての方向へと向きを変えた。
そのまま隔壁へとぶつかって弾ける。
「ああ…やっちまった…」
ゴゴゴっ…と唸るような地響きを聞きながら、ダグラスは空を仰いだ。
『警告シマス、一般市民ハ直チニ隔壁カラ離レテクダサイ。警告シマス、一般市民ハ―――』
レミアルののんびりとした片言の声が、辺りにこだます。
なぜ彼女の声かといえば、クロゥインがコレを作った時にたまたまその場にいたからだ。
どちらかといればおっとりと話す間延びした彼女の声で警告されても誰も離れないのではないか、とダグラスが意見すれば、そんな愚か者は巻き込まれてしまえばいいのだ、と漆黒の彼はのたまう。
結果、こんな間抜けな警告音が出来上がってしまったのだが。
フェーレン市を取り囲む隔壁には、彼が作った魔道具が埋め込まれている。
『外敵迎撃用自動防御システム』
通称『お護りくん』だ。
「聖者職は結界を強めろ、門番は市民の誘導急げ。単純な剣なら消滅するぞ! 冒険者たちは魔法剣か上級の剣を構えろよ!」
ダグラスは力の限り叫んだ。
地鳴りはすでに止んで、不気味な静けさが周囲を包む。
灰色のなんの変哲もない壁に突如、無数の目が現れる。
ぱちりと琥珀の瞳が開いた。
ちなみにこの瞳のモデルがダグラスだ。
クロゥインからは身近なものを参考にしたくなるよな、と照れたように笑われたがまったく嬉しくはない。
ダグラスが構えた瞬間、無数の目から一斉に閃光が迸るのだった。
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